4話
「ねえフェリーナ、なんで二人を置いていったの?」
小鳥が囀り、空が白み始めた頃。フェリーナは既に村を発ち歩き始めていた。
「テレポート オオクナ王都」
私の問い掛けに応えることないままフェリーナはテレポートを始める。少しの間、重力を感じたと思えばテレポートは完遂されたらしい。ガヤガヤと人の行き来が多い王都に辿り着いていた。
「王様に会いに行こう」
フェリーナは小さくそう呟けば迷うことなく真っ直ぐお城まで歩いて行く。妙にゴツイ鎧──破邪のヨロイと言う名前だった気がする──を迷惑そうに避けていく人たちを見て、そして彼女を引き止めるようにフェリーナの耳を引っ張る。
「リーナ?」
止められたことに驚いたのか、少し目を見開いてこちらを見るフェリーナに私は王都をキョロキョロと見渡す。確か、あっち側にあったはずだ。
「服屋! 行こう!」
「えっ?」
「その鎧、邪魔!」
驚いているフェリーナの耳をぐいぐいと引っ張る。大きければ彼女の手を引いて無理矢理にでも服屋に連れて行けるだろうけれど、体が小さいというのは不便だ。
耳を引っ張られているのが煩わしいのか、抵抗することなく私の言うがままに服屋に向かってくれて、難なく服屋に辿り着く。
ずっと、思っていたのだ。私がキャラメイクした、最高にかわいいキャラクターを着飾る必要があると。
勿論他のゲームで着飾ったことはある。しかし、私はこのゲームのフェリーナを着飾ったことはない。
かわいいとかわいいが掛け合わさったら、最高にかわいいじゃない! そんな理論である。
とりあえず鎧を脱いでもらうために試着室にフェリーナを押し込んだ。ふよふよと空中を漂いながら、彼女に似合いそうな服を見繕う。
……まぁ持てないから、見ているだけなのだけれども。
しばらく服を眺めていれば、シャッ、とカーテンを開く音がする。フェリーナが出てきたんだ、と思ってそっちを見ると、完全に下着姿のフェリーナがそこに立っていた。
「ふぇ、フェリーナ! 服を着て!」
慌てて試着室に掛かっているカーテンを引っ張って閉じる。店主キッ、と睨みつければ店主が目を逸らした。
「フェリーナにそんなサービスシーンはいりません!」
「でも、私は鎧しか持っていない」
「ええと、ええと……、そうだ! 一番最初に着ていた皮の鎧! ドーズのお母さんに貰ってたヤツ! あれ着て!」
フェリーナは頷くと、空中に腕を突っ込んだ。傍目には腕が途中から消えているように見えたが、そこからズル、と皮の鎧が出てくる。
それを着用すれば、少なくとも下着姿では無くなった。それを見てようやくカーテンを開く。
今の姿ではあまりにもダサい。ダサすぎる。茶色で、粗末な鎧は綺麗で端正な顔立ちのフェリーナに合っていないのだ。
「フェリーナ、これと、この服。……あとは、こっちかな」
私が指した服を手に取り、再度カーテンの中に消えていくフェリーナ。私はカーテンの隙間から試着室に入れば改めて、服を着るフェリーナを眺めた。
形の良い胸に、すらっと伸びた足。服を着てもチラ見えするお腹は薄く筋肉がついて割れているのが見える。
惚れ惚れする程の肉体美。引き締まるところは引き締まっていて、いつ見ても素敵だ。
……こうして見ているとなんだか変態みたいだ。落ち着こう。
フェリーナは服を着て、私の指示通り何着か着替えも購入する。店主に通貨を数枚渡せば、ようやく本題と言わんばかりにお城へと歩み出す。
「どうして突然服屋に向かったの?」
フェリーナはそんなことをぽつりと問い掛けてきた。
私は王都で生きる人々を、フェリーナの肩から眺めた。
普通の服を着て、ある人は買い物をして、子供達は駆け回り商人は声を張り上げる。鎧を着ていないから今度はフェリーナを避けていく人々はいない。
「外ならまだしも、人が多いところでは鎧はただ邪魔でしかないんだよ」
私の言葉に、そっか。と返すフェリーナは、まだあんまりわかっていない様子だった。
そんな折、軽い衝撃をフェリーナから感じる。下を見てみれば子供がフェリーナにぶつかったようで、その子供は鼻を抑えている。
「いてて……、どこ見て歩いてんだよばーか!」
子供がそう悪態をつけば恐らくその子の親が慌てて飛んできた。
「コラ! 前見てなかったのはあんたでしょう! すみませんねぇ。……ってあら、アナタ勇者様じゃない!?」
フェリーナの顔を見て、今気付いたようにそう声を上げる。その声に周りの人たちも反応し、口々に勇者様だ、と周りの人が多くなってくる。
あっという間にフェリーナの周りには王都の人々が集まり一種のお祭り状態になってしまったのだ。
右に左にと揺さぶられ、酔いそうになる。フェリーナはされるがままで、どんな問い掛けにも頷きで返す。
「ねぇ勇者様うちに遊びに来てね!」「勇者様、前お願いしたウルフなんだが、また大量発生したんだ! また討伐を」「あんたがくれた薬草、またお願いしても良いか?」「勇者様、是非お話を」「ちょっとどさくさに紛れて勇者様に触らないで!」「勇者! 良ければうちの剣を」
わぁわぁと騒ぐ声を、近くを巡回していたらしい兵士が止めに来てくれたがそれでも人々は留まることを知らない。フェリーナは困ったように眉を下げて、そして口を開いた。
小さいけれど、凛とした声は騒がしい中でもよく響く。
「王様に会いに来たの。どいてほしい」
フェリーナに近い人が、固まる。一人、また一人と黙り始め、フェリーナが一歩踏み出すとそこから人が割れていく。
「勇者すげぇ……」
私の声は静かに響き渡り、そしてフェリーナの周りにはもう誰もいなくなった。先程騒動を止めに来た兵士がフェリーナの横に着き、お城まで護衛する、とばかりに警戒をしている。
「リーナ、大丈夫だった?」
「あ、う、うん。フェリーナも大丈夫?」
「……うん、嬉しいね。感謝されるというのは」
お城に辿り着くとすぐさま王様に会うために謁見室へと通される。広い廊下に、豪華な椅子。周りに控えている兵士は武器を構えてただ立っており、とても壮観だった。
「おお、勇者よ! よくぞ無事だった」
豪華な椅子に腰掛けながら、ふくよかな体を揺らしながら王冠を被った、見るからに王様という出で立ちの王様が現れて、フェリーナを讃える。
つらつらと長い言葉を聞き流していると、ふとこのゲームのを思い出す。
確か、最初に王様にあった時も話が長かったなぁ。何周もしてからはAボタンを連打してスキップしていたっけ。相変わらず話しが長いなぁ。
学校の校長も話が長いし、うちの会社の社長も話を始めれば長かった。立場が上の人間は話が長い傾向にあるのだろうか。
そんなことを考えて、そして何故か胸が締め付けられるように痛くなった。現実世界のことを考えたりする度に、何故か母の顔が思い浮かぶのだ。
私は果たして、どうやってこの世界に来たのだろうか。気付かないうちに死んでしまった? それとも、意識だけ飛んでここは夢の中なのだろうか。
高齢になり一人で歩くことが出来なくなった母を想う。
私は、母を一人置いて残して行ってしまったのだろうか。
この世界にいるのはとても楽しい。いつか覚めてしまうかもしれない、夢だと勝手に思っている。
私は、一体いつになったら現実世界に帰れるのだろうか。そんなことを、考えた。