3話
主役であるフェリーナ達は椅子に座らされ、その周りにありったけの食料が並べられていく。料理が得意な者は追加の料理を作りに行き、村の子ども達は冒険の話を聞こうと群がり、それ以外の大人はどんちゃん騒ぎを楽しもうと早速酒を用意し始めた。
その光景はまさに平和そのもので、フェリーナ達が喜んでいる顔を見て私まで嬉しくなった。
「おいフェル! もっと食え! 飲め!」
「ちょっとドーズくん! そんなに食べて気持ち悪くなったらどうするんですか……!」
「セネラもだ!」
「えぇ……!? なんで私が怒られるんですか……?」
「それ以上ダイエットなんかして、それ以上可愛くなったらどうする!」
どこからかキャー! と黄色い声があがりセネラの顔が真っ赤になる。その反応に拍子抜けしたドーズが一泊遅れて顔を赤くすれば、いや、違う、と何かを弁明しようとして、唸り声をあげ、そして勢いよく立ち上がった。
「セネラ!」
「は、はい……!」
「ずっと前から好きだった! 冒険中、怪我をする俺を叱りながら、泣きそうな顔で回復してくれるお前を見てもっと好きになった! 俺と、付き合ってくれ!」
少しの沈黙の後、セネラはこくん、と頷き、ドーズに思い切り抱き着いた。
お祭りムードだった周りは更に沸き立ち、村人全員に伝令しようと子どもたちが駆けて行く。
「キャー、何これ突然ラブコメ始まったよ、二人が好き合ってたなんて知らなかったよ私。ねえフェリーナは知ってた? ……あれ、フェリーナ?」
フェリーナが居たはずの場所は既に誰も居なくて、慌てて空中に浮かんでフェリーナを探す。どうやら、こっそり宴を抜け出してどこかへ向かっているらしい。
「フェリーナ」
「リーナ? あっちに居ても良かったのに」
「私はフェリーナと契約した精霊だからね!」
そう言うとフェリーナは小さく笑ってくれた。どこに向かっているのかと思いながら着いていくと、そこはお墓が並んでいた。
石を地面に突き刺しているだけのお墓。定期的に花を変えているのか白いユリのような花が供えられている。
フェリーナはそのお墓の中から一際大きな墓石に近付くと、その前にしゃがんだ。
「昔住んでいた村人達が、ここに眠っているの」
墓石には大量に文字のようなものが刻まれていて、フェリーナは指で文字をなぞる。
フェリーナが勇者を志した、その理由がここにあった。
フェリーナが勇者だと天啓を受けた、その翌日の話。勇者の存在を知った魔王が幼い時に始末してしまおうと、フェリーナの居る村を魔物に襲わせ、そして殺戮の限りを尽くしたのだ。
誰一人残さないよう、得に子どもは入念に。そして、村を焼いた。
フェリーナの母親は、彼女を逃がした。小さな小さな地下倉庫の中に、地下倉庫の扉に土を掛け、その上にフェリーナの父親の死体を、重石替わりに。
フェリーナは、ハズマリの村人達が気付くまで、地下倉庫に閉じ込められていた。土から染み出す父親の血を水代わりに啜りながら、魔王を討伐すると、復讐を誓った。
「……フェリーナ、不死になったらどうするの?」
「どうする?」
墓石に手を置きながら、私の問い掛けに首を傾げた。
「魔王を倒した勇者は、幸せに暮らしました。フェリーナは、幸せになれる?」
墓石をなぞりながら、フェリーナは口を噤んだ。彼女は良くも悪くも勇者だった。魔王を倒すことだけを志し、そして、選択肢は「はい」か「いいえ」しかない。
そのゲームから解放された彼女は、選択肢にない選択をすることが出来る。
「私の、幸せ」
ぽつりと呟く声は、遠くから聞こえる喧騒で掻き消えそうなくらい小さくて。
自分の作り上げた、勇者の続きを、私は知りたかった。選択肢がなくても、私はフェリーナの人生が知りたかった。
それは、今も変わらない。
「フェリーナ、幸せを探しに行こう」
「え?」
「私、手伝うから。賢者の石を探す旅のついでで構わない。勇者じゃないフェリーナが幸せになることを探しに行こう。私がフェリーナの依代になる対価は、貴方の人生の続きを見せること」
私とフェリーナの間に光の糸が紡がれて、そして消えた。契約はなされた、らしい。依代の精霊としての本能がそう告げた。
「……わかった。私の幸せ、一緒に探しに行こう」
頷いたその顔は私が作り上げたキャラクターそのもので、年甲斐も無くワクワクした。これがいつか覚める夢だとしても、私はまた彼女の行く末を見守ることが出来て嬉しいのだ。
「フェル!」
不意に後ろからドーズの声が聞こえた。振り返れば、セネラと手を繋ぎながらフェリーナを迎えに来たらしい。散々冷やかされたのか、二人にはたくさんの花冠が被せられていて、フェリーナを探しに来たのもきっと空気に耐えきれなかったんだろう。
「主役がいないなんて宴の意味が無いだろ、早く戻ろうぜ」
「わ、私は止めたんですけど……、その、御両親に挨拶はできましたか?」
フェリーナは少し困ったような顔をしながらも立ち上がった。
「宴の主役は私だけじゃないよ。おめでとう、二人とも。……幸せにね」
「勿論!」
「そ、そんな幸せになんて……、まだ結婚の儀だってしてないんですから気が早いですよフェル……」
照れた顔のセネラと自信満々なドーズの顔を交互に見るフェリーナは、突如折れた剣を胸あたりで掲げ始めた。
「フェリーナ?」
「二人とも、誓いを。病める時も健やかな時も、例え喧嘩をしてしまっても、互いを愛し敬い……えーと」
続きの言葉が思い出せないらしいフェリーナを微笑ましそうに見ながら、セネラは剣を握るフェリーナの手に自分の手を重ねた。
「病めるときも健やかなるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、互いを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り互いに。……互いと、フェリーナに真心を尽くすことを誓います」
「……ドーズは?」
「誓うに決まってるだろ。どんなときだって、俺はセネラとフェリーナを守る。子どもが出来れば、その子どもだって」
折れた剣を三人で握りながら、誓いをたてた三人は思わず、と言った顔で噴き出した。笑い声が響き、ドーズなんかは息が出来なくなるほど笑い転げている。
「ふ、ふふふ、墓地で結婚の儀をするなんて……」
「あ、そうだここ墓地だった……。観客がいっぱい居て良い、かな」
「あー、笑った笑った! 折れた剣で誓い始めるし。もし俺らが喧嘩してもフェルが居るならなんとかなりそうだ」
フェリーナは笑顔な二人を見詰めながら、折れた剣をまた腰に下げ、微笑みを浮かべた。
そのすぐ後、いつまで経っても宴に戻らない三人を村人のひとりが呼びに来て、また宴に戻る。そんなドーズとセネラの背中を見ながら、フェリーナは小さな声で私に囁いた。
「明朝に旅に出よう。もう、二人を連れて旅に出れない」
そんなことを悲しい顔で言われてしまえば、断ることなんて出来なかった。
誤字脱字ありましたらご報告お願いします。
感想や評価頂けるとモチベが上がります。気が向けばでよろしいのでよろしくお願いします。