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界隈町の地主神

 ······白い。その人影は全てが白かった。腰まで伸びる髪も。長い眉毛も。身に着けている着物も。足袋と草履さえも。


 否。決定的に白いのはその顔色だ。この人

物凄く男らしい顔つきをしているけど、顔色が透き通る様に白い。薄暗い雪原。私は何故かそんな連想をしていた。


 その勇ましい顔の頬に、猫みたいな髭が生えている事に気付いた時だった。


「······ふさよちゃん。この方が界隈町の地主神様よ」


 玲奈が私の耳に口元を近づけ、驚くべき事実を伝える。め、目の前に浮いている男の人が、この界隈町の地主神!?


 な、なら。この顔色の悪い白髪の神様にお願いすれば、不方さんの呪いを解いてくれるの?


「お、お願いします!!不方さんの呪いをなんとかして下さい!!」


 私は藁にすがる思いで両手を合わせ、界隈町の地主神を見上げた。だが、私の信心が足りなかったのか、地主神は大欠伸をするだけだった。


 そらから私は何度も頭を下げ、何度も不方さんの理不尽な呪いを地主神に説明した。だが、この白髪の神様は小指で耳掃除を始めるわヤスリで爪を削るわで全く私の話を聞く様子が無かった。


 その時、私の中で何かが切れた。ちょい。ちょっとアンタ?借りにもこの界隈町の地主神なんでしょ?


 アンタにはこの界隈町を守る義務があるんでしょう?その界隈町の住人の必死の訴えを無下にするの?


 と、言うか?そもそもそれが人の話を聞く態度なの?


「ちょっとアンタ!!」


 私は地主神の足首を掴み、力任せに地面に叩きつけた。腰から落ちた地主神の長い白髪が揺れる。


「アンタね!地主神だか何だか知らないけど、人の話を聞く態度って物があるでしょう!!」


 雑草の生える土の上に座る格好になった地主神を見下ろし、私は毅然とその非を鳴らす。その時、後ろにいた玲奈が猛然と私の両肩を掴んで来た。


「ふ、ふさよちゃん!?あ、あのね!この方は地主神様なの!!すごーく偉い御方なの?ね?ね?お願い!粗相だけはしないで!!」


 万事飄々としていた玲奈が、血相をかいて必死に私を諫めて来た。だが、私の怒りは収まらない。


 この礼儀を欠いた地主神とやらに常識を教えないと!!


「······小娘。威勢が良いな。今誰に狼藉を働いたか分かっているのか?」


 覇気の欠けた口調で、地主神が私を睨む。ふ、ふんだ。睨まれたって怖くないもん!私と地主神が睨み合っていると、その間に玲奈が割って入って来た。


「じ、地主神様!!この者の失礼をお許し下さい!!人間の身ゆえ、神の存在を自覚していないのです!」


 玲奈が必死にこの場を取り繕う。すると、地主神は座ったまま空を見上げた。


「······そうだろうよ。人間が我らを敬う筈が無い。現し世の者達なら尚の事だ」


 吐き捨てるように。地主神の言い様は正にそんな表現がぴったりだった。


 ······何だろう。この人(地主神)やる気が無いと言うか。捨鉢と言うか。表情が何と言うか。その瞳がなんだか寂しそうに見える。


「······「理の外の存在」よ。義理立てして姿を見せたが、人間などに幾ら時間を割いても時間の無駄だ」


 地主神は玲奈を見てそう言うと、身体が煙の様に揺れ、たちまち姿が消えて行った。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!まだ話は終わってないわよ!もしもし?もしーもし!?」


 私は祠の中にある石像を何度も叩いて地主神を呼ぼうとする。だが、私の両脇に玲奈が背後から細い腕を滑り込ませ、私の身体を猛然と後方に引っ張って行く。


「ふ、ふさよちゃん!!言ったでしょう!!地主神様に失礼な事はしないで!!」


 汗を流し息を切らせる玲奈が必死に私を制止する。そ、そんな事言っても、あのやる気の無さそうな地主神を説得しないと不方さんの呪いは解けないんでしょう?


 地主神は力を弱めていると言うけど、一度くらい試しに呪いを解く努力をしてくれても罰は当たらない筈よ。


 私の言い分を聞く様子も無く、玲奈は何なら落ち込んでいた。何でも地主神の機嫌を損ねると玲奈の仕事の査定に響くらしい。


「ふさよちゃん。私の査定はともかく。地主神様は。あの御方はこの界隈町の神様なの。そこを良く理解して頂戴」


 ······神様。あの昼間から働きもせず家でゴロゴロしていそうな(イメージ)人が神様かあ。


 地主神に願い事をするのはまた日を改めると言う事になり、私は「またたび商店」の二階にある自分の部屋に戻る事にした。


 軋む鉄製の階段を登りながら、私は眠気が戻って来た様な気がした。昨日の疲れも残っているし、ここは一人暮らしの特権である二度寝をしよう。


 階段を登り切ると、私の部屋の隣の玄関に不方さんが立っていた。


「お、おお、お早うございます。不方さん」


 昨夜の惨劇が鮮明に脳裏に蘇った私は、顔を真っ赤にして動揺丸出しの挨拶をする。だが私は不方さんの額を見逃さなかった。


 昨晩浮き出ていた呪いの痣が額から消えていた。やっぱり日中は不方さんの呪いは表に出ないんだ。


「······お早う」


 不方さんは素っ気なく私に挨拶を返すと、いつもの茶色いコート姿で出かけていった。こ、こんな朝から何処に行くのかな?


 も、もしかして誰かとデートとか?い、いや。不方さんに現在恋人は居ない筈よ。それにしても、昨日の赤ちゃん言葉に加え常時笑顔だった不方さんとはまるで別人だ。


 ううん。あの愛想の無い不方さんが本来の不方さんなのだ。私は鼻をすすりながら自分の部屋に入って行った。


 ······あれ?何か大切な事を忘れているような?スッキリしない頭の中の思考を停止し、私は二度寝する為にベットに直行した。


 また今夜、不方さんの呪いが発動する事を、私は完全に忘却の彼方に追いやっていた。



 



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