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甘い薔薇の香りを残して

「ふさよちゃん! お祭りって凄いわね。こんなに沢山の人達が皆楽しそう。あーあ。私もりんご飴食べたいな。あっちの綿菓子も美味しそう。いやいや。やっぱり生クリームたっぷりのクレープがいいなあ」


 ベンチから立ち上がった玲奈は、甘い薔薇の香りをふりまきながら忙しく首を左右に振る。そして大通りを行き交う人達が持つ食べ物に反応していた。


 玲奈も一人では無かった。波打つ髪の美女の後ろには、詰入りの白い道着姿の李さんが腕を組んで立っていた。


「えへへ。李君は私の監視役なの。今回私は色々やらかしちゃってね」


 玲奈が苦笑しながら茶色い髪の頭を指で掻く。玲奈は真実を私に教えてくれた。以前李さんが行った通り、玲奈の任務は地場霊の南耕平を消し去る事だった。


 地場霊にも危険度ランクが存在し、南耕平は魍魎墜ちの危険性があった為、早急に手を打つ必要性があったらしい。


 だが、玲奈の目に偶然私が映った。呪いにかけられた不方さんに想いを寄せる同僚。玲奈は自分の姿が私に見えるか試してみた。


 「理の外の存在」に近い人間なら、玲奈達組織の者と接触出来る。玲奈の勘は当たり、私と玲奈は出会いを果たした。


 玲奈は私を通じて力を停滞させた界隈町の八百万の神達の活性化を図った。玲奈の当初の計画では、地主神である尊楽能猫神に動いて貰い、地場霊だった南耕平を成仏させるつもりだった。


 だが思ったよりも地主神の腰は重く、予想よりも地場霊だった南耕平の魍魎墜ちへの進行が遅かった。


「中途半端なその状況。それが二ヶ月も時間を浪費した原因だ」


 李さんが冷たく言い放ち、玲奈は舌を出して困った様に笑う。地場霊だった南耕平の姿が小夜子さん達に見えたのは、やはり玲奈の仕業だった。


 私的には玲奈には感謝しかないが、今回の玲奈の行動は組織の規定を逸脱しており、厳しいペナルティが課せられると李さんは言った。


「あーあ。これまで出世街道まっしぐらのエリート社員だったのなあ」


 玲奈が自分の波打つ髪を指に絡ませ、いじける様に唇を尖らせる。


「······玲奈。お前の本当の狙いは何だったんだ?」


 李さんは鋭い目つきで玲奈を問いただす。玲奈はとぼけた顔で首を傾げる。


「金梨ふさよを使い、地主神や南耕平の親族を利用し奴を成仏させる。人間の情に頼った不安要素しかないその手法が本当にお前の作戦だったのか?」


 玲奈は更に首を傾げ、必死に愛想笑いを李さんに見せる。


「李君。前に言った通りよ。私はふさよちゃんと出会う事が出来た。それが全ての始まり。ふさよちゃんやその周囲の人達の出会いや縁が今回の南耕平の成仏へと繋がった。全ては繋がっているの。その繋がりがもたらす奇跡を李君も見たでしょう? 私達組織でも予想出来ない未来がこの世には幾らでもあふれている。奇跡と言う名の未来がね。私は選択肢を増やしたかったの。一つしか選べない未来より、より多くの未来を選べる方が幸せじゃない?」


 玲奈は真っ直ぐな瞳で李さんに語りかける。二十歳でこの世を去らざるを得なかった玲奈には、未来は一つしかなかった。


 その玲奈は、消滅させられるだけの未来しかなかった南耕平に別の未来を与えたかったのかもしれない。


 私はそんな事を考えでいた。李さんは組んでいた両腕を離し、玲奈に一歩近付く。


「······査問会に報告する項目が一つ増えたな。玲奈。お前の考えは不遜だ。その考えは組織の在り方を否定し、存在を危うくする。もう時間だ。戻るぞ」


 李さんはつれなく玲奈に背中を見せ歩いて行く。玲奈は慌ててその後を追う。


「酷いわね。李君。友達甲斐が無いわよ。あ。ふさよちゃん。私行くね。色々とありがとう」


 茶飲み友達と別れるような気軽さで、玲奈は私に手を振る。私は必死にその手を掴む。


 ······玲奈の手は柔らかく温かった。私は突然訪れた別れの前に何を話していいか戸惑い言葉に詰まる。


「······玲奈。迷惑かけてごめんね。でも、玲奈に会えて良かった。ありがとう。ありがとう玲奈」


 やっとの思いでそれだけ言い終えた私の背中に、玲奈は両腕を回す。


「······こちらこそ。ふさよちゃん。貴方に出会えて良かったわ。これからもこの界隈町の八百万の神々を盛り上げて行ってね」


 玲奈はそう言うと、軽やかにステップする様に歩いて行く。その玲奈の後ろ姿がだんだんと薄れて行く。


「······玲奈。組織の規則通り関係者の記憶は消したのか?」

 

 李さんの詰問口調に、玲奈は自信有り気に大きく頷く。


「勿論よ李君。関わった人間達の私達への記憶を消す。エリート社員の私がそんな初歩的な事を忘れる訳がないじゃない」


 そんな会話を交わした玲奈と李君の姿が完全に消える瞬間、玲奈は最後に私を振り返った。


 悪戯っぽい表情で笑い、口元に人差し指を当てる。それが、私が見た最後の玲奈の姿だった。二人が私の目の前から消え去った後も、私の玲奈への記憶は消えていなかった。


 甘い薔薇の残り香が私の頬を撫でる。私は心の中で、玲奈に別れと感謝とを告げた。



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