初デート➀
「ところで…」
と圭介が夕食中に話を切り出した。
「はい」
「デート…したいよね」
「でっ…!」
付き合っていることを隠している2人は外ではいつも他人の振りをしており、付き合って一月程経つが当然まだ外デートをしたことはない。
専らお家デートだ。ご飯を食べたり一緒に勉強したりしているだけだが。
もちろん京香にも外デートへの憧れはある。
しかし京香は圭介の唐突な発言を嬉しいと感じると同時に2人の関係が周りにバレてしまう恐怖が湧き上がり、顔を真っ青にして目を背けた。
「そんな嫌がらなくてよくない!?」
ショックを受けた圭介の声が裏返る。
「すみません。今ちょっとバレたらどれだけヤバい事になるかシミュレーションしているので黙っててもらえますか」
「そこまで!?」
目を瞑り誰かにデートを目撃されたと仮定してその後に起こる事態を想定してみる。
まずは校内で広まることは確実で全校生徒の衆目を集めてしまうのは間違いないだろう。
そして質問攻めに遭い、釣り合わないカップルとして有名になり、京香が圭介の弱みを握っているのではないかという冤罪が生まれ、校舎裏に呼び出され吊るし上げを食らい、学校に来れなくなってしまうのだ。
圭介を諦められない女子や興味本位の生徒が下校時に後をつけて隣に住んでいることがバレるかもしれない。
そうなったらますます学校にはいられない。
(無理無理無理無理無理………)
この関係が露呈してバッドエンド以外のエンディングを迎えることがあろうか。いや、ない。
シミュレーションを終え京香がゆっくり口を開く。
「その…嫌ではないんです。勿論先輩とデートしたいとは思うんですが…やっぱりバレてしまった時のリスクが大き過ぎます」
「うーーーん……めっちゃ遠くに行くとかは?」
「お金が…それに日帰り出来ないと…」
「俺は泊りでもいいけど…」
聞き取れないくらいの小さな声でボソッと圭介が呟く。
「え?」
「なんでもないです!じゃあさ!うちの学校の生徒が来なさそうなとこ行かない?」
「そんな場所あるんですか?」
デートの定番と言えば買い物や映画や水族館、遊園地等だが…どれも誰かに遭遇しそうだ。
京香の住む街は一応県庁所在地でド田舎というわけではないが、やはり遊ぶところは限られるし、高校生で車がないのでさらに行動範囲が狭まる。
どこだろうと京香も考えてみたが思い付くところがない。
「当日まで内緒にしとこうかな」
圭介がニヤリと意地悪に笑って言う。
「え!?せめてヒントもらえないと服やお弁当の内容が決められないですよ」
「そっか、そうだね。室内だよ。もちろんお弁当食べる場所もある」
「結構歩きますか?」
「めちゃくちゃ広大ってわけじゃないからパンツにスニーカーじゃなくても大丈夫だよ」
「うーん、どこだろう…」
ヒントを基に目的地を当ててみようかと思ったのもののどこもピンとこない。
『うちの生徒が行きそうにない』というのが一番のヒントなのだろうが、デート場所としてそんなところがあるとは思えない。
「もしかしたら白洲さんは好きじゃないかもだけど…」
「そんなことはないですよ。場所はわからないですけど先輩といたらどこでも楽しいだろうし…」
「え」
考えていたことが口に出てしまった。が、京香は自分が言ったことの攻撃力を理解しないまま目的地の正解を導き出そうとうんうん唸っていた。
「ホントそういうとこさぁ…」
圭介は溜息をつきながら箸を進めた。
*************
次の週の日曜日。
まさか一緒にアパートから出掛けるわけにはいかないので、圭介の指定する駅まで別々に向かい待ち合わせることにした。
前日に指定されたのはこの辺りで一番大きなターミナル駅から出ているローカル線の駅だった。
その駅から場所が割り出せないかと考えたが、ここまで来たら着いてからの楽しみにしておこうと検索するのをやめた。
圭介が先に出てしばらくしてから京香も家を出た。
服装は圭介の言うように室内デート用のものを選んだ。
トップスはドルマンスリーブの白いニット、ボトムはミント色のロングプリーツスカート、コートはキャメル色のセーラーカラーのショートコート、足元は黒のショートブーツでコーディネートした。
髪はいつも一つに縛っているのをハーフアップにしてイメージを変えてみた。
お弁当は2人分で量が多いので大きめのトートバッグに、財布やスマホは小さめの赤色の皮のポーチに分けて入れた。
この日の空は少し薄曇りで平年通りの寒さだったが、初デートの緊張と興奮で身体は熱いくらいだった。
電車に乗りターミナル駅で乗り換え、最寄り駅から1時間程で指定駅に着いた。
終点だったので乗客は皆目的地が同じなのだろうか。親子連れが多いと感じた。
京香にとっては初めて降りる駅で、海がすぐ傍にあり潮の香りがした。
改札を出たところで圭介が待っていた。
京香を見つけ笑顔で手を振る。
「お待たせしました」
「いえいえ。もうわかったでしょ?」
「はい。初めて来ました。鉄道館」
デート場所は地元から一番近くにある鉄道の博物館だった。
ローカル線に乗り換えた途端わんさか貼ってあるポスターが目に入ったので、そこですぐに行き先が判明した。
確かに鉄道の博物館に訪れるのは鉄道ファンか子鉄のいるファミリー層が中心だろうし、なかなか高校生カップルが、ましてや1時間も電車に揺られてまで来るようなところではないかもしれない。
なるほど~と京香が感心していると圭介が顔をふにゃふにゃにして京香を見つめていた。
「どうしました?なんか酔ってます?」
「未成年だし!京香が可愛いなって思ってたんだよ!」
「へ!?あ、いや、どうも…圭介さんもその、素敵です…はい…」
「ええ!?あ、こちらこそ…ありがとうございます…」
二人して照れて下を向いてしまった。
圭介はいつもの黒いピーコートを羽織り、インナーに白の首周りの広いカットソーとジーンズを合わせスニーカーを履いていた。
もちろん首には京香がプレゼントしたマフラーを巻いている。
髪はいつも朝起きてから放置状態なのだが今日はワックスを付けて整えているようだ。
全体的にはシンプルなのに圭介が着るとなんでもカッコ良くなるのはズルい。
「あれ、眼鏡変えたんですか?」
「あ、うん。いつも家で掛けてるやつにした。少しでも印象変えた方がいいかなって。来る途中もマスクして来たよ」
今日は普段掛けている太めの黒縁のものではなく、耳に負担がなさそうな銀の細身フレームの眼鏡だった。
いつもより大人っぽく知的に見える。見えるというか事実相当賢いのだが。
「そうなんですか。すみません、私の為ですよね…」
「白洲さんを嫌な目に遭わせたくないって思ってるのは俺なんだから俺の為だよ」
さらりと出て来たイケメン発言に心臓を撃ち抜かれ絶句していると、圭介が「行こう」とトートバッグを京香の手から取り、手を繋いで博物館に向かって歩き始めた。
「先輩電車好きなんですか?」
「うん。めっちゃ詳しいわけじゃないけど男は一度は通る道だしね」
「確かに。なんで男の子ってみんな車とか電車とかロボットとか金属系が好きなんですかね」
「それを言ったら女の子はキラキラしたものやふわふわしたものみんな好きじゃん」
「ホントだ。そうですね。DNAに染み込んでるのかな。不思議ですよね」
そんな話をしているうちに鉄道館に着き、チケットを買って入場する。
やはり周りは家族連れが多く日曜日なこともあって場内は予想以上に混んでいた。
入ってすぐの展示場には機関車と新幹線とリニアの3両が展示されていて、車両の先頭に立って写真を撮る人の列も出来ていた。
「うわぁ…機関車だ…初めて見ました」
「C62だね。機関車はデゴイチが有名だけどこれが日本最速の機関車だったみたいだよ」
「え。いきなりめちゃ詳しいですやん…」
「いやいや、デゴイチ知らない?マジ?」
圭介の中の「詳しいわけではない」の基準が京香とはいささかずれているようだ。
圭介の解説を聞きながら奥へと進むと、イベント広場には新幹線と在来線の電車が所狭しと並んでいた。
外から見た建物の大きさからは想像も出来ないほど中は広く天井も高かった。
「あ、これ最初の新幹線ですよね」
「そうそう。0系ね。こうして見ると可愛いよね目の辺りが」
「はい!丸っこいデザインが新鮮です」
展示車両の中は入ることも出来て当時の旅行者気分で座席に座ってみたりした。
車両の展示だけでなく、ジオラマや歴史展示室等もあり、そこでも圭介が色々と説明してくれた。
圭介の口から次から次へと車両の名前が出てきて、どう考えてもこの人は鉄ちゃんに半分足を突っ込んでいるな、と京香は口にはしないものの確信していた。