肉じゃが(炊飯器ver.)
2日間の文化祭が終了し、明日は体育祭が開催される。
サクサク片付けが行われ、大した余韻もなく体育祭へ移行する。
(わりと後腐れない感じなんだな…)
文化祭終了後の京香の感想だった。
体育祭は体育祭で中学とは比べ物にならないくらい規模が大きいらしく、文化祭2日目途中からは体育委員と応援委員が準備に追われていた。
京香は十分文化祭を満喫したので特に寂しさも湧かず、次は体育祭をどうひっそりやり過ごすかを考えていた。
そういえば体育祭の日は学食が休みで購買部しか営業していなかったはずだ。
圭介はお昼御飯をどうするのだろうか。
そんなことを考えながら夕食の準備を進める。
今日は肉じゃがを作っている。
作っていると言ってもあとは炊飯器が鳴るのを待つだけだ。
京香はカレーやシチューなどのじっくり煮込み系の料理を炊飯器で作ることが多い。
IH圧力式の炊飯器で作るとじゃがいもが煮崩れせず、野菜の火の通りも良いからだ。
ジャーに匂いがついてしまうのが難点ではあるが…
そんなわけで今回の肉じゃがも炊飯器で作ることにした。
じゃがいもと牛肉を一口大の大きさに切り、
玉葱はくし切り、人参は半月切りにし、冷凍いんげんは3cmの長さに切る。
具材全てと水、すき焼きのタレ適量をジャーに入れアク取りが出来るクッキングシートを乗せて早炊きモードのスイッチを押す。
これでほぼ完成だ。
時刻は19時10分前。
ピーピーピー
炊飯器の終了音が鳴る。
最後に肉じゃがの上にバターを乗せて出来上がり。
圭介は19時帰宅予定なので今朝作ったかぶと油揚げの味噌汁を温め、冷凍ご飯もチンしておく。
器に肉じゃがをよそってちゃぶ台に並べ準備完了。
ちょうど19時になったところでインターホンが鳴った。
「おかえりなさい」
「ただいま」
いつもは『こんばんは』と出迎えるのに今日は無意識に『おかえりなさい』と言ってしまった。
言った後に気付くとかなり恥ずかしい。
これでは本当に一緒に住んでいるみたいではないか。
圭介は特に意識していないようなので安堵するものの、京香はドキマギしながら圭介を部屋へ通した。
「今日は…肉じゃが!!やった!」
「え。食べていいとは言ってませんけど…」
「ちょ!!!生殺し!昼間のことはもう許してください!」
理科準備室でのことを根に持っていた京香が最大の武器で逆襲する。
圭介が両手を合わせて懇願するのでしょうがないなと許可を出した。
「「いただきます」」
「ん!うんま!!でもこの肉じゃが…なんかちょっと違う」
「最後にバターを乗せてコクを出しているんですよ」
「コク!コクね!はいはい、アレね!旨いよね!」
「いや、絶対わかってないし…」
執事姿で執拗に迫られた時はこの野郎…と思っていたが夜はお互い普通に話せて安心する。
そういえば圭介はなんであんな風に自分をからかったりしたのだろう。
そんなに反応が面白かったのか。
こっちは心臓が止まるかと思ったのに。
まぁカッコ良かったけども。
そう思うとやっぱり腹が立った。
京香は明日の体育祭での昼御飯について思い出し圭介に尋ねた。
「あーそうなんだよねー去年は昼飯忘れたって言って色んな奴に弁当のおかずもらってた」
「なるほど。掻き集めたわけですね」
「うん。でも…」
圭介が箸を止めチラリと京香を覗き見る。
「今年は約束したから…」
約束とは。
何の事だろうと思ったが理科準備室でした『ご飯に釣られてやりたくないことをしない』という約束のことのようだ。
「今日の約束のことだとしたら…去年はお弁当の代償に何をしたんですか…」
「え、えっと…」
圭介の目がわかりやすく泳ぎ始めた。
京香は圭介を見つめたまま回答を待つ。
答えないと目を逸らさないぞと言わんばかりに。
それに負けた圭介がしぶしぶ白状した。
「あーんで食べさせてもらうっていう…」
「…それは女子に、ですよね…?」
「はい…男子は別に普通にくれたんですけど…」
圭介がなぜか敬語になる。
「そうですか…」
想像してふつふつと怒りが沸いてきた。
眉間にしわが寄っているのが自分でもわかり京香は目を伏せる。
昼間の纏わり女子たちが思い出され、さらに胸がざわついた。
何かを言おうとするが言葉に棘が含まれてしまう気がして無言で箸を進める。
その空気に耐えられなくなった圭介が慌てて宣言した。
「今年はもうしません!ちゃんと女子のいないところで、男子からにだけもらいます!」
「でも…それだと足らないですよね」
ただでさえガッツリ食べる男子が体育祭の日に自分の食の量を減らすだろうか。
もらえても少量だろう。
「う…はい…」
「じゃあ、私先輩の分もお弁当作ります」
「え!?いいの???」
「いいのって…そういう約束じゃないですか。代わりに私が作るって」
「マジすか…」
「あ、でも急に手作り弁当なんて持って行ったら何か言われちゃいますよね」
「大丈夫!見られないように一人で食うから!」
言い切る前に食い気味に来られて京香は少し仰け反った。
「まぁ、それでいいなら…じゃあ明日朝食の時に渡しますね」
「うん!ありがとう!!」
普段大人びている圭介が少年のようにウキウキしていた。
圭介の嬉しそうな顔で先ほどの苛立ちが打ち消されていく。
(うう、可愛い…こういうところがズルいんだよな先輩は…)
結局圭介の眩しい笑顔に完敗してしまった。
最近はずっと圭介に気持ちを振り回されてばかりだ。
眼福ではあったが負け続けたままなのはやはり悔しい。
京香はなんとか圭介をやり込めないかと考え思い切った行動に出た。
「あ、明日は体育祭ですし、先輩お肉もっと食べてください。はい、どうぞ」
自分の肉じゃがの肉を挟んだ箸を差し出し圭介にあーんを要求する。
女嫌いの圭介にしたら女子からのあーんは苦行であるはずだ。
これは恥ずかしいだろう。
「えっ…」
圭介が明らかに動揺し動きがピタリと止まった。
戸惑いながらどうしようかと逡巡しているようだがなかなか動いてくれないので京香も段々恥ずかしさが込み上げてきた。
箸を持つ手がぷるぷる震える。
いたたまれない。
「な、なーんちゃって…」
京香の方が耐えられなくなり手を引っ込めようとすると圭介が京香の右手を掴み、京香の箸の肉を自分の口に入れた。
「ありがと…」
圭介が肉を咀嚼し顔を赤くしながら御礼を言った。
「どういたしまして…」
(なんだこれなんだこれなんだこれーーーー!!!!)
くそう。連敗だ。これもダメだった。
意を決して攻撃に出たものの痛烈なカウンターを食らい京香のHPはもうゼロだ。
圭介の顔も赤いが自分の顔の方が絶対赤い。
首まで熱い。
どうやったら圭介を羞恥に追いやれるのか。
次こそは。作戦を練ってやり返してやると決心した京香だった。