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文化祭2日目②



ガチャッ



不意に準備室の扉が開いた。

振り返ると疲労困憊といった顔の圭介が立っていた。


「先輩…?どうしたんですか?」


「…撒いて来た」


圭介は準備室に入り京香の隣の椅子に座って机に突っ伏した。

つい今しがた圭介のことを考えていたところに急にご本人が登場するので京香は混乱した。


――本物?


伏せている圭介の顔は見えないがサラサラの髪が呼吸と共に揺れ触りたくなる衝動に駆られる。

そしてその衝動に逆らえず思わず髪に触れてしまった。

圭介が気づき顔を上げる。


「ん?何?」


(ぐはぁ…!!)


美し過ぎる執事。

気怠そうな目はもはやR-15指定だった。

これは直視してはいけないものだ。


「す、すみません、髪がキレイで思わず触っちゃいました」


正直に答えつつ目を逸らす。


「じゃあ俺も触っていい?」


「ふぁ!?」


圭介が変な事を言うので変な声が出た。

こちらの返事を聞く前に圭介が京香の左肩に下ろした髪に触れる。


「髪…ふわふわだよね」


(あ、そうね、ふわふわね!動物的なあれだよね!犬とかね!)


暴れる心臓を押さえるため思考を宇宙の彼方へ飛ばそうとする。

しかし顔は真っ赤で意識しているのがバレバレだ。

どこを見ていいのかわからない。


「先輩、は、な、なんでここに!?」


とりあえず思いついたことを口にする。


「ここ俺が教えたんじゃん。サボり場所として」


圭介が京香の髪から手を離し答える。

左肘をついて京香を眺める姿は様になりすぎて目によろしくない。


「そうでした…ね。ええっと…とりあえず大丈夫ですか?」


「だいじょぶくない…もう無理…戻りたくない」


「お疲れ様です…」


「そういえば今日結局来なかったね午前中。来るかなって思ってたのに」


少し残念そうな圭介を不思議に思いつつ午前中は本田の代わりに教室で接客していたことを伝える。

そもそも行こうと思っていなかったことは言わないでおく。

正直自分の身の安全が第一だ。


「そうだったんだ。来なかったからコレ見せに行ったんだけど」


圭介が執事服を指さしながら言う。


「え!?そうだったんですか??」


京香のクラスまで来ていたのはそういうことだったのか。


「うん。でも…なんか怒ってた?」


(Oh…バレてる…)


あの顔をバッチリ見られていたようだ。


「怒ってたというか…」


「俺、何かした?」


「ち、違います!先輩は何もしてないです!ただ、先輩にベタベタ触る子たちに腹が立って」


「なんで?」


「なんでって…だって先輩あんなに嫌がってたのに……てゆーか!あんなのほぼ痴漢ですよ!写真も承諾もなくバシャバシャ撮って!肖像権の侵害だって言ってやったらいいんですよ!」


本当はただ嫉妬してイライラしていただけなのだが、彼女たちの失礼な態度に腹が立っていたこともそれはそれで間違いないので力強く主張しておいた。


「…ぶっ!!あははははは!!!痴漢て!ヤベー!ホント面白いね白洲さん」


すると圭介が腹を抱えて笑う。

またしても笑いのツボを刺激してしまったようだ。


「はー…ありがとう。白洲さんが代わりに怒ってくれるから落ち着いた」


「あ、恐縮です…」


思わず会釈する。


「御礼に舐めるように見てくれていいよ俺の執事」


「舐めるようにて!変態ですか!」


京香が声を上げた瞬間、おもむろに圭介が立ち上がった。

そして流れるような仕草で跪き京香の左手を取る。



「では何でお返ししましょうかお嬢様?」



突然の執事降臨。

絵になり過ぎて二次元にしか見えない。


「ひぃ…!!」


もうこれは隠しようがないというくらい全身が真っ赤に染まる。

ダメだこれは。刺激が強すぎる。


「も、もう無理です…!!勘弁してください!!!」


右手で顔を隠し許しを請う。

それなのに圭介はさらに追い込んでくる。


「ふっ…可愛い…」


(や″め″て″く″れ″ーーーー!!!!)


「かっ、からかわないでください!」


京香が必死で抵抗するのに気を留めず圭介が訊ねる。


「何を勘弁すればいいの?」


「何を!?えっと…その…キラキラとか…」


「キラキラ?」


京香がテンパり過ぎておかしなことをいったのは間違いないがそれにしてもこの人は自分の美しさに自覚がないのだろうか。

京香は涙目になり自分の限界が近いことを悟った。


逃げなければ。


圭介の手を振りほどいて準備室のドアに駆け寄る。

ドアを開けて脱走しようとドアノブに手を掛けたところで圭介の手が京香のその手を包み込んだ。


(ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!)


気が遠のきそうになる。

というか近い。ものすごく近い。

自分の背中のすぐ後ろに圭介を感じる。


「白洲さん…」


圭介に声を掛けられたその時…



ガラッ



「塩化ナトリウムとクエン酸間違えるとかある?」

「ホント松田はドジっ子だよなー」


化学部の部員が実験用品を取りに隣の理科室に入ってきた。


(な、なんで!?それよりこの状況を見られたらヤバい…!)


誰も使っていない準備室に二人きり。

どう考えても怪しいシチュエーションだ。

準備室のドアのガラス窓に影がうつってしまうので二人して慌ててしゃがみ込む。

と同時になぜか圭介が京香と場所を入れ替えてドアを背に座り京香を包むようにギュッと抱きしめた。


(????)


突然のことに京香が固まっていると圭介が小声で囁いた。


「もし開けられたとき俺はこの恰好で身元バレるから、せめて白洲さんは見られないようにさせて」


圭介は京香の顔を隠そうとしていたのだ。

しかし京香の意識は既に半分飛んでしまっており言葉の意味を理解出来ないままコクコクと頷くことしか出来なかった。


………


息を潜め気まずい沈黙が続く。


(なんでこの人こんなに良い匂いがするの!?男子高生何て臭くてなんぼじゃないの???無理!耐えられない!早く出てってーーー!!!)


圭介の胸に顔を埋めた京香はもう臨界点を突破しそうだった。


しばらくして理科室で用事を済ませたらしい化学部員たちが去っていった。


「…はーーーー……」


圭介が深い溜息をつき京香の身体を離す。

すると完全に茹で上がってしまった京香がぐったりとしていた。


「え!?白洲さん、大丈夫??」


返事がない。

圭介は焦って揺り起こそうとするが反応がなく、本格的にヤバいと保健室へ運ぼうとしたところで京香の意識が戻った。


「あ、あれ…私…どうしたんだっけ…」


京香が目を開けると心配そうな圭介の顔が間近にあった。


「んん!?」


しかも圭介が京香を運ぼうとしていたため横抱き直前の姿勢だった。


「あ、もう無理ですねこれ…さようなら…」


再び魂が身体から抜けていきそうになる。


「待って待って!ゴメン!離れるから!」


これ以上意識を飛ばされては困ると圭介が京香から距離を取る。


「ゴメン!諸々全てゴメンなさい!許してください!なんでもします!!」


カッコいい執事が台無しだが、しかし見事な土下座だった。

その姿があまりに間抜けで京香も思わず笑ってしまう。

圭介の意地悪は今に始まったことではないものの今回のこれはどうしたものか。

京香にとってはなかなかに酷い仕打ちだった。

あんな羞恥にさらされて簡単に許してしまうのも癪だ。


「うーん…じゃあ罰として今日の晩御飯抜き…とか?」


ご飯系の罰は効果がありそうだ。

圭介がバッと顔を上げ悲痛な表情を見せる。


「マジで…う…ぐ…」


(そんな嫌なの!?)


一食くらい抜いても死にはしないだろうに。

むしろ先ほどの京香の方がご臨終に近かった。

圭介が本気で辛そうなので少し可哀想になり別の罰を検討する。


「それなら…もう食べ物に釣られてやりたくないことをしないでください」


「え…?それは…どういうこと?」


予想外の言葉に圭介の理解が追い付かない。


「どら焼きの誘惑に負けちゃったけど本当は執事やりたくなかったんですよね?食べたいものがあるなら私が作りますから食べ物のために自分が嫌なことはしないでください」


圭介がポカーンと口を開け呆然とする。


「私こう見えてお菓子も作れるんですよ。どら焼きでもケーキでもいつでも作りますから」


「いや、それ…全然罰にならないよ…?」


「そうですか?私以外の人の作ったものを食べるチャンスが減ると思いますけど」


本心としては食べ物に釣られて女子が喜ぶようなことをしてほしくないだけなのだが圭介が無理をすることも嫌は嫌なのでこの案を出してみた。

そして知らなかった自分の独占欲の強さに気付き幻滅もした。

彼女でもないくせに。


「……わ、かった。もうしない。しません。」


「ふふーん。じゃあ約束ですよ」


京香がニヤリと意地悪そうな顔で笑う。

圭介のこめかみから汗が一筋流れた。


「あ、私そろそろ戻らなきゃ。先輩はもう少し休んでいってください」


「うん…」


これ以上二人きりでいることに色々耐えられそうになかったので京香はさっさと退散することにした。

ドアを開け一人出ていく。


「他の人の作ったご飯なんてもういらないのに…」


京香の背中を見送りながら圭介は小さくこぼした。

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