大家さん
18時前にバイトが終わり着替えを済ませスーパーに向かって歩き始めたところでスマホが鳴った。
(大家さんから…?)
スマホの着信画面には『大家さん』と表示されている。
「はい、白洲です」
『こんばんはー大家の甲斐ですー今電話大丈夫ですかー?』
年配の人にありがちな電話口の大声が耳に響く。
「はい、今外ですが大丈夫です」
『あら、ゴメンねー圭介から連絡貰ったんだけどーご飯の件ありがとねー』
圭介が大家さんに連絡を入れていたようだ。
「え、あ、はい。私は全然…」
『圭介のこともっと早く紹介しなきゃと思ってたんだけど都合がつかなくてー気付いたら夏休みだったのよねー』
「私も一度引っ越しの挨拶に行ったんですが先輩がいなくてすぐ諦めちゃったので…」
『あの子いつも家にいないからねー悪かったわねー』
再度挨拶に行こうとは思っていたがあまり気が進まず忘れてしまっていた。
新しい生活に疲れていたしそもそも人見知りでもある。
そのうち顔を合わせるだろうと先延ばしにしていたら初対面でアレだ。
『ご飯のことなんだけどー本当はもう少し先の予定だったのよー娘んちに行くの。でも上の子が寂しがっちゃってねーなかなかママが相手出来ないでしょー?夏休みが終わるまでは、って思ってたんだけど孫に言われちゃうと断れなくって』
「そうだったんですね。娘さん、体調はいかがですか?」
『あらーありがとー今月末が予定日なのよー今のところ順調よー』
「それは良かったです。安産お祈りしています」
『ありがとー京香ちゃんはホントいい子ねーお母さんそっくりだわー』
「そ、そんな…恐縮です…」
『圭介だけど、変な気を起こさないようにちゃんと言っておいたから安心してねー』
「は!?先輩は変な気なんて起こさないですよ!?」
『ダメよー高校生男子なんてエッチな事ばっか考えてるんだからー』
『エッチな事』と言葉を濁さず言われ赤面してしまう。
免疫がないのだからそんなこと言わないでほしい。
恋人どころか親しい友人もいないのでそういう話題にすら慣れていない。
「だ、大丈夫です。し、信じてますので…」
『あら!随分仲良くなったのねーうふふふふふ』
まずい雰囲気だ。勘違いされてしまう。
「えと、そうだ!大家さんに聞きたいことがあったんです!」
『なぁに~?』
「先輩の好きなご飯て何ですか?嫌いなものはないって言ってましたけど…」
『そうねー定番なところだと肉じゃがとかカレーとか。年頃の男子が好きそうなのは何でも好きなんじゃないかしら。話聞いてると思うけどママがあんな感じだったから手作り感があればいいのよ。野菜とかちゃんと入れればインスタントラーメンでも食べるわよあの子。』
「へー!そうなんですね。」
『あとうちはお父さんが和食派だったから和食中心だったけど洋食系も好きだと思うわよ。あ、鍋もいいかも!ああいうの家族がいないと出来ないじゃない?楽しそうに食べてたわー』
(うん、なんか何でもいい感じにしか聞こえないけど…)
『とりあえず京香ちゃんのご飯は何でも美味しいって嬉しそうだったから出せるもの出しておけばいいわよ!』
大家さんにも自分の料理を美味しいと言ってくれていたことにじわじわ嬉しさと恥ずかしさが込み上げる。
「あ、はい。わかりました。ありがとうございます」
『圭介、顔と頭だけは良いからじゃんじゃん利用してやってーでも変な事してきたらすぐ連絡してね!とっちめてあげるから!』
「ふふっ、はい、宜しくお願いします」
圭介の本当の母親のように話す大家さんにほっこりしてしまった。
大家さんとも必要最低限のことしか会話をしたことがなかったのでこんなに可愛らしい人だとは知らなかった。
京香が自分のことをあまり話さないので大家さんも控えていてくれたのかもしれない。
もしくは母から事前に自分の性格を説明されていたか。
大家さんは保険会社で働く京香の母の顧客だった。
熱心に営業しに来る母にほだされた大家さんがこの辺りの営業先も紹介してくれたりしたらしい。
それ以来母と大家さんは顧客としてだけではなく気の置けない友人としても関係が続いている。
京香が入居するときも部屋が古いからとわざわざ水回りやトイレのリフォームもしてくれた。
3年間しか住まないかもしれないのに。
そういうところも面倒見が良いということなんだろう。
血の繋がりもない圭介の世話をしていたという話にも納得だ。
とりあえず有益(?)な情報を手に入れたので買い出しのためスーパーへ向かった。