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頼朝異伝  作者: 風前灯火
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間章二


京の都。

数知れぬ文化が花開く日の本の中心。そのような雅な印象は誤りではない。だが、同時の京の都は権力の中枢であり、そして謀略の渦巻く街でもあった。

地位の高い者はいつその地位を奪われるかと日々神経をすり減らし、地位の低い者は自らがのし上がる機会を虎視眈々と窺っている。それらの籠った流れに押し流されて悲劇の結末を迎える者もあれば、逆にその流れを味方として地位を上げる者もいる。

そんな花の都には、謀りごとのみならず数々の怨念や苦悩が満ち溢れていた。そしてそんな華やかさとは対照の側面。それを凝縮したような部屋に今、一人の男が座っていた。

そこは地下であった。昼も暗く闇に閉ざされているが、夜になるとその闇は一層深くなる。部屋の中の灯といえば、男が持つ手燭が放っているぼんやりとして灯のみであった。

顔の前には布がかけられていて、その正体は分からない。男の服装は黒一色で統一され、一瞬目を離せば、それで部屋の闇と同化してしまいそうだった。


男は無造作に床に腰を下ろした。そして手に持っていた燭台を前方にかざす。

するとそこには何かの台のようなものが置かれていた。男はそれを無感情に確認すると手燭をその中に投げ込んだ。たちまちのうちに炎が台の中を広がっていき、部屋全体が炎で明るく照らされた。

それを確認すると男は何かをぶつぶつと呟きだした。

その声は最初は吹き上がる炎を前に空しくかき消されているだけのように見えた。しかし、その声は次第に存在感を増していき、そしてしまいには炎の様子はその声に同期しはじめていた。

それを確認することもなく、男は淡々と呟き続けていく。

すると次第に部屋の雰囲気が変化し始めた。別に何が変わったという訳ではない。炎は相変わらず吹き上がっていて、男の声も響き続けている。

だが、何か妖気とでも呼ぶべき何かが部屋の中を満たしていった。

そしてその気配が次第に強くなっていき、常人であれば迷わず逃げ出すような空気すら漂い始める。だが、男は変わらず何かをつぶやき続けた。

それがしばらく続いて、初めて部屋の中に目に見える変化が生じた。それまで微動だにせずに呟き続けていた男が動いたのだ。相変わらず呟き続けるのはやめないままに何かを取り出す。

それは一本の矢だった。ちらりと見ただけではただの矢と何も変わらない。だが、それは分かる者がみれば一目で分かるくらいの特別性の矢だった。

男はそれを一瞬確かめるように見つめるとそれをそのまま火の中に投げ込んだ。

矢はただ炎に焼かれて燃え尽きるかに思えた。だが、起きたことはむしろ逆だった。火の中に投げ込まれた瞬間、火は矢に吸い込まれるかのように消え失せてしまったのだ。それと時を同じくして部屋に満ちていた妖気も消えている。

男はそれから台に残された矢を取り上げた。

焦げ一つないその矢は、先ほど炎を吸い込んだとは思えぬほどに冷たかった。

それを確認して男は呟く。

「これで器の中身は整った。器の方はどうなることやら」

男はそう呟くと今度は台から最初に投げ込んだ手燭を拾いあげた。これもまた焦げ一つなく、男が火打石を打ち合わせるとすぐに灯を灯した。

先ほどの矢を懐にしまうと男は手燭を片手に地上へと繋がる階段を上っていった。やはりその表情は布に阻まれてよく見えない。


それはある意味で、都の日常であった。



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