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頼朝異伝  作者: 風前灯火
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序章


これは負け戦だ。

冷静に考えれば戦力差があり過ぎるのだから決して不思議なことではない。だというのに私は何をしているのだろうか?


「我こそは源氏が嫡男、右兵衛佐頼朝!」

 そんなことを叫んで続けざまに矢を放つ少年が一人。当然ながら矢の射程は剣や薙刀のそれを上回る。そのお陰か少年はその小さな体躯の割に粘りを見せていた。

 放つ矢はほとんど当たることもない。当たったところでその細腕で引いた弓ではなかなか相手を倒すには至らないだろう。

だが、それでも組み付かれれば終わり。いつか尽きるであろう矢を頼りに少年は時間稼ぎに勤しんでいた。

 

 私は一瞬の鳥瞰から目覚めて、改めて自分の状況を見つめなおした。目の前には馬に乗った武者が一人。刀を抜き放っている。

 この状況では距離を詰められたら終わりだ。私は距離を取りながら再び弓を放った。だが、それは当たらない。

 相手は姿勢を低く保ちながら駆けてくる。距離を詰め切られる前にこちらの矢が当たるか。勝負の行方はそこにあるかに思われた。

 私は次々と矢を放った。だが所詮は初陣の身。命中することは期待できなかった。二三矢を放つがそのどれも相手を捉えるには至らない。

「もらった!」

 十分に近づいた敵が叫んだ。組み付こうと刀を手に迫ってくる。瞬間だった。

「はあっ!」

 私は咄嗟に刀を抜き放つとそれを投げつけた。狙いは敵の武者、ではない。そんなの弾かれるに決まっている。狙いは武者の乗った馬だった。

「小癪!」

その武者の声と共に、それは馬に当たるまえに弾かれる。だが、馬は本能で危険を避けることを選んでいた。馬の動きが横にそれ相手はすんでのところでこちらを掴み損ねる。

ここで決めるつもりだったのだろう。相手の動きが一瞬硬直した。

「そこ!」

私はそんな声を上げると振り向きざまに矢を放った。これまでの相手ならば避けて見せただろう。だが、今できた一瞬の隙。それが命取りだった。

こちらが放った矢は吸い込まれるように鎧の隙間―相手の首筋へと突き立った。

「ぐうっ」

 そう声を上げると武者は首を押さえながら落馬した。

 私はふうと息をついた。これで初陣の戦果としては十分だろう。

 だが、同時に馬鹿馬鹿しいという気持ちもあった。戦果が評価されるのは勝てばこそだ。負け戦だと分かっているというのに今さら戦果に拘る必要などあるはずもない。


 その瞬間だった。どこか遠くから声が響き渡った。

「源氏の大将軍は誰か? 大宰大弐清盛見参!」

 聞き間違えようはずもない。それは間違いなく平氏が棟梁平清盛の声に他ならなかった。

そしてその声を合図に、敵方が一気に勢いづくのが分かる。温存されていた平家方本陣の兵力が押し寄せているのだ。

戦場の流れが一気に傾いたのが分かった。勢いだけで手勢の少なさを補ってきたこちらは疲労も出始めている。そこにこれまで戦闘に参加していない新進気鋭の敵が押し寄せてきたのだ。崩れ始めるのにそう時間はかからなかった。

(負けたか)

何故かこういうところだけは冷静だった。

初陣で敗北とは何とも悲しい定めだが、そうなってしまったものは仕方がない。

私は父たる源氏の棟梁がいる本陣へと向かった。そこには源氏の棟梁、源義朝がいる。父も戦局の見立ては同じようだった。

「もはやこれまで。ここで討ち死にするのみだな」

父はそう言うと今まさに崩れようとしている前線へと馬首を向けた。その表情はどこか清々しい。それで私は何となく覚悟した。自分もここで父を運命を共にするのだ。

別にいいとか悪いとかではない。そういうものなのだ。

だが、そこへ声を上げる者があった。

「お待ちください! 東国でならばまだ兵を集められます。そこにて再起を」

「何を言うか。死すべき場所を間違えるほど私は恥知らずではない!」

父はそう断言した。

だが、進言した郎党も譲らない。

「再起を図れるのです。お逃げください。今ならば少なくとも頼朝様をお連れできます」

「だが・・・」

 父は首を縦に振らなかった。

 だが、一瞬黙ってしまう。その隙を郎党たちは見逃さなかった。

「さあ、お前たち。殿をお逃がしするのだ」

その声を受けて周りの郎党が父の乗った馬を急き立てた。戦線とは逆の方向へと。


 一度決まった流れは止まらない。

 父と私はいつの間にか戦場となった六条河原から離れていた。しんがりを務めた郎党たちとはもう二度と出会うことはないだろう。


 だが、一度決まった流れはあるべきところに落ち着くまで止まることを知らないのだ。そう源氏の敗北という結果は動かない。

いつの間にか、父とはぐれ彷徨っていた私は美濃国関ケ原にて捕らえられた。捕らえたのは平宗清という名の者だった。

その後私は父が死に兄たちも討たれたことを知った。

父が郎党の裏切りにあい戦場ではなく浴場で討たれたという話は皮肉であったかもしれない。


信西を中心とする新興勢力と藤原信頼を中心とする貴族の権力闘争。それは最終的に前者に平家、後者に源氏が味方し、京における合戦の形での決着を見た。

拠点を京に近い近畿に持つ平家は、拠点を遠く東の板東に持つ源氏を戦力で圧倒。六条河原に誘き出された源氏は散々に打ち破られた。


後の世の人々はこの歴史のうねりをこう呼んだ。

平治の乱、と。


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