第1章11話[ダンジョン(後編)]
「ここは…」
扉を開けると4本の柱があるだけの広く殺風景な部屋だった。部屋に入ると勢いよく扉が閉まる。
部屋の奥には大きな椅子に座る、緑色の肌をした筋骨隆々の鬼がいた。
「エリー、あれがハイオークか?」
「うん…」
俺たちに気づいたハイオークはギロリと睨み立ち上がる。大きさ3〜4メートル程はあるハイオークの頭上にHPバーが出現する。
ハイオークは足元に置いてあった木で作られた大きな棍棒を持ち上げる。
「ウオオオオオオオオ!!!!」
「ハイオークに見つかったから戦闘が始まるよ!」
「おし、やるか!ナイト!ハイオークの攻撃を避けながら攻撃だ!スピカはエリーの護衛を頼む!」
「ワウ!!」
作戦を言い終えるとナイトがハイオークに向かって駆けて行く。それに続いて俺も走る。
「ウオオオオオオオ!!」
ハイオークは棍棒を横に振り攻撃するが、それをナイトはジャンプして避ける。
あんなデカイ棍棒に1撃でも俺が当たれば大ダメージで間違いなくゲームオーバだ。
「ナイト!やっぱり攻撃はしなくていい!アビリティの壁を作って自分を守りながらハイオークの気を引いてくれ!その隙に俺が攻撃する!」
「ワウ!!」
作戦通りにナイトがHPを10消費して生み出せる闇属性の壁を作り、ハイオークの攻撃を受け止めながら気を引いてくれる。その間に『格闘家』のスキル【正拳突き】を当てる。だが5発当ててもハイオークのHPバーは10分の1ほどしか削れていなかった。
「クソッ、これはちょっとヤバイな…」
ナイトのHPは壁を生み出して着実に減ってきている。それに【正拳突き】を使うとMPを消費する。【正拳突き】も俺のMPが0になったら使えない。回復薬は腐るほどあるが俺もナイトも飲む隙がない。どうしたらいい…!
「きゃあー!ゴブリンだー!!」
エリーの叫び声が上がる。エリーとスピカの方を見るとゴブリンが2匹、エリー達に襲いかかろうとしていた。
「エリー…!スピカ!逃げ…」
いや!これはチャンスだ!俺は2匹のゴブリンに感謝する。
「スピカ!!そのゴブリンを倒せ!その2匹を倒し進化して俺たちと戦うんだ!!お前なら出来る!!」
「キュ…キュキュー!!」
「無茶だよ!スピカだけじゃあゴブリン1匹倒せるかも怪しいのに!」
「お前がいたら大丈夫だろ?期待してるよ!相棒!」
小さく「無茶言うよ」と笑いながらエリーがゴブリン達の目線より少し上を飛ぶ。
「おらおら!かかって来い!この冒険者の経験値の肥やしめ!」
ゴブリンを挑発し気を引く。ゴブリン達がエリーを追いかけ、エリーの作戦に気付いたスピカが後ろから体当たりで攻撃する。
ゴブリン達がスピカに対して攻撃しようとする。攻撃をさせないようにエリーがゴブリンの目の前に飛び出して舌を出して挑発する。
それを繰り返していき、1匹倒す。
「くっ!まだか?!ボス戦、舐めてたな…!」
こちらはMPを使い切ってしまった。そのためハイオークに対して低めのローキックで攻撃している。ナイトは俺を庇って壁を出しているせいでナイトのHPは減ってきている。完全に俺はナイトの足手纏いだ…!
「マリーもう少しだから堪えて!」
「ああ…頼む!出来れば早めに!」
エリーに気が向いた瞬間に棍棒が向かってくる。
「やば…」
棍棒が右の横腹に直撃し、メキメキと体から音が鳴り数メートル吹き飛ばされる。
「マリーーーー!!!!!」
大声でエリーが叫ぶ。
強い衝撃…。激痛…。叫び声…。
これに似た感覚…以前にも体験した気がする…。
頭の中に記憶が甦る。
ボールを追いかけて車に轢かれそうになる子ども…俺は走って子どもを抱えると母親らしき女性に投げたと同時に車に轢かれた瞬間を思い出す。
「ああ…そうか。…俺って本当に子どもを助けたから記憶を失くしたんだな」
吹き飛ばされて横に倒れながら、自分が記憶を失くした理由に涙が出そうだった。
「記憶を失くす前の俺が良い奴で良かった…」
バキッ!っと音が聞こえて我に返ると、ハイオークが俺に向かって棍棒を振るうがナイトの壁に守られ防いでくれていた。
「ぐっ…早く動いて避けないと…!」
もうナイトのHPもギリギリだ…あと数回使えるか分からない。記憶が戻った余韻に浸る事も出来ないのかよ!苛立ちながら懸命に立ち上がろうとする。
「倒したー!!ゴブリン倒したよー!!」
エリーの叫び声が聞こえスピカを見るとプルプルと震えている。
「スピカ…?」
スピカの体が発光し始める。
「キュキュキューーー!!!!」
スピカが叫ぶとボス部屋全体が光に包まれる。
「うわっ!」
眩しくて目を瞑り、光が収まったのを瞼の裏で何となく感じて目を開けていく。
「これが…進化…!!」
俺はスピカを見て驚く。体が少し大きくなりフワフワしていた毛が少し減って戦闘に向いたスマートな体型になっていた。
1番驚いたのは、スピカの額には今までに存在していなかった15センチ程の立派な角が1本生えていた。
「格好良くなったじゃないかよ…スピカ」
進化に感動しているとハイオークが俺に襲い掛かろうとしていた。
「キュイキュイ!!」
スピカが一瞬の内にハイオークの側まで移動し右の横腹に頭突きを食らわす。
「は、早い…!!」
痛みでよろけて片膝をつくハイオーク。HPバーが一気に削れる。
「強い!これが進化なのか!」
「マリー…これは進化は進化でも上位進化だよ!ただのスピードラビットじゃない、スピードホーンラビットだよ!」
いつの間にか俺の横に来ていたエリーが驚いている。そんなに凄いのか?スピカのステータスを確認する。
・スピードホーンラビット 『スピカ』 Lv1/10 信頼度10(MAX)〈R6〉
HP/600 STR/200 VIT/200 AGI/600
スピードラビットの上位種。スピードラビットの幼体が稀に進化して上位個体になると言われている。残り進化1回。
アビリティ『加速』
【8秒間だけAGIを3倍にすることが出来る 。使用後3分間は再使用不可】
「強っ!レアリティも6になってるし、アビリティも何だよコレ!」
「見入ってないで、マリーは早く回復薬飲んで!HPが残り10で、死にそうなんだから!」
そんなに減っていたのか。どうりで痛くて身動き出来なかったわけだ。
回復薬を3本飲み全回復すると嘘のように痛みがなくなり動けるようになった。にしても回復薬は苦い。
「スピカ、ナイトを回復させる。その間1人でハイオークを頼む!」
「キュイキュイ!」
任せておけ、と言っっている気がするので俺はナイトに回復薬を飲ませに行く。
「ウオオオオオオオオ!!!」
ハイオークが起き上がり、棍棒をスピカに振り下ろす。振り下ろした棍棒は地面にヒビが入っただけで、スピカは一瞬でハイオークの右に回り込み右の横腹に頭突きで攻撃する。
ハイオークがスピカに気を取られている間に、俺を守るためにアビリティで壁を作りHPがギリギリになったナイトに回復薬を飲ませる。回復薬はとても苦いので、ナイトが凄い苦しそうな顔をする。
「そういえば、マリー。錬金で回復薬を2個使うと『上回復薬』っていう50%回復する回復薬が作れるんだよ」
「もっと早く言えよ!」
何で錬金してる時に言わないんだよ!と本気でキレそうになった。ボス部屋に入る前に作っておけば俺もナイトも青汁に似た味がした苦い回復薬を3本も飲まなくても良かったのに!
「キュイキュイ!キュイー!!」
スピカとハイオークの戦闘を見ると、スピカのスピードにハイオークが付いていけずスピカが圧倒していた。
ハイオークの攻撃を避けながら何度も右の横腹に頭突きで攻撃する。そういえば、俺が棍棒で殴られたのも右の横腹だったな。スピカは俺が殴られたのに対して相当に怒っているようだ。
「ナイト!スピカにトドメの良いとこを取られちまう!俺たちも行くぞ!」
「ワウ!!」
俺とナイトはハイオークに向かって走って行く。
「スピカ!ナイト!最後は同時攻撃だ!」
俺も少しだけMPが回復しているのでスキルを使うことが出来る様になっていた。
スピカがハイオークの足に頭突きをして転かす。
「今だ!お前ら!格闘家スキル!『正拳突きーー!!!』」
「ワウ!!!」
「キュイー!!!」
俺の攻撃とナイトの噛みつきスピカの頭突きの攻撃が同時に入る。
ハイオークのHPバーが0になりパリーンと豪快に砕け散る。