赤ん坊
茶碗に盛られた米が、吸い込まれるように消えていく。
目玉焼きも、味噌汁も、ほうれん草のお浸しも、瞬く間に消えてしまった。
桜はその食べっぷりを暫し呆然と眺めた。
「めちゃくちゃお腹空いてたんじゃない」
ダストはリスのように頬を膨らませ、必死に咀嚼している。
「体が動くようになってきた」
「それは良かったわね。お代わりいる?」
ダストが頷いたので、茶碗に米を盛ってやる。
「もうおかずないよ。塩でいいか」
適当に塩をふる。
「とても美味しい」
その作業を、ダストがうっとり見つめる。
「どうも。味覚はちゃんと機能しているみたいね」
桜は嫌味を言ったつもりだったが、ダストには通じなかった。
気にせずもりもり食べている。
茶碗の中身を全て平らげると、ダストは満足そうに箸を置いた。
「足りた?」
「ああ。活動するのに支障はない」
「そう。助かったわ」
空になった炊飯器を見る。
「次からは、お腹が空いたら空いたって、ちゃんと言うのよ」
「お腹が空くというのが、わからなかった。今の私は、桜から貰った遺伝子の情報しかない。私は謂わば、知識だけを持った、赤ん坊と同じだ」
見た目でいえば、桜と同じくらいの年齢だ。
高校生男子が「赤ん坊と同じ」などと言えば、普通なら気持ち悪いだろう。
それを許してしまえるのは、見た目がショウだからだろうか。
「私、もう学校に行かなきゃ。学校、わかる?」
ダストはうなずいた。
「取り敢えず今日は家にいていいから。帰ったら今後どうするか考えよう」
手早く食器を洗う。
「これ、食べ方わかる? お湯を沸かして入れて、三分待ってから食べるの」
カップ麺を渡す。
「お昼と夜はこれ食べて。私はバイト先で賄いが出るから」
「わかった」
「じゃあ着替えるから、ちょっとここにいて」
ミニキッチンにダストを残し、扉を閉める。
制服に着替え、扉を開ける。
「お待たせ〜って! 何してんの!」
ミニキッチンに、桜と同じ制服を着たダストがいる。
顔も体も男性アイドルのショウと同じだ。
それが、女子高生の制服を着ている。
「私も一緒に行く」
「ダメに決まってるでしょ!」
「なぜだ」
「なぜって……」
桜は返答に困った。
当たり前過ぎることを説明する時、人は咄嗟に上手くできないものだ。
「どうしてもよ!」
結局力で押し切る。
「大体、クラスの誰もあなたのことを知らないのよ。いきなり知らない人が来たら、みんなびっくりするじゃない。それにその服。うちの高校は男女で制服が違うの。そんな格好で絶対に外に出ないでよ!」
ダストは不服そうに着ている服をペタペタと触った。
桜はリモコンを持ちテレビをつけた。
「今日は一日、これで情報収集でもしてなさい!」
足元に落ちていたTシャツとハーフパンツを拾い、ダストに押し付ける。
「絶対、外に出ちゃダメだからね」
靴を履き玄関を開ける。
「言うこと聞けないなら、家から出て行ってもらいますからね!」
言いたいだけ言うと、桜は扉を閉めた。