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ずっと側に

 桜に会いたかった。

 会って抱きしめて詫びたかった。

 ダストの愛した桜は今、アパートの玄関先に転がっている。


「桜の元へ行かないと……」

「まだわからないのか!」

 ナルは叫んだ。

 しかしダストの体は発光し、次元を飛んだ。


 何度も何度も次元を飛んだため、ずいぶん遠くまで来てしまった。

 一度で帰ることは無理だった。


 繰り返し次元を飛んだ。

 たったひとりの桜を目指して。

 ダストの愛した桜を求めて。


 ダストが戻ってきた時、桜はまだアパートの前に転がっていた。


 流れた血が、廊下を真っ赤に染めている。

 長い黒髪が散らばり、桜自身を抱きしめているようだ。

 真っ白な顔は、不思議と穏やかだった。


「忘れないよ……」

 ダストは屈み、桜の頬に手を当てた。

「ずっと側にいる」


 ゆっくりと顔を近づける。

 桜の唇はとても冷たかった。

 ダストは自分の全てを桜に注ぎ込んだ。




「え?」


 目を覚ますと、倒れていたので驚いた。


「あれ? 私、どうしてこんなところに寝てるの?」

 見たこともない、汚いアパートの廊下に寝転んでいる。


「大丈夫ですか?」

 男が桜に話しかける。


「私……」

 身を起こし胸に手を当てる。

 地面に寝ていたせいだろうか。胸が痛い。


「貧血ですかね。救急車呼びましょうか?」

「いえ、大丈夫です。すみません」

 桜は慌てて立ち上がった。

 貧血特有の立ちくらみはない。


(やだ、恥ずかしい。昨日遅くまで起きていたせいかしら?)


 桜はそう思った。

 しかし、なぜ夜更かしをしたのか、少しも思い出せなかった。


(あれ、私、何かを忘れてる?)

「どうしました? 大丈夫ですか?」

 男は白いスーツを着ていた。高級品だとすぐにわかる代物だ。


 輝く銀の髪に紫電の瞳。

 人形のような整った顔立ち。

 目立ち過ぎるくらい目立つ風貌をしているのに、桜はその姿を見て何の違和感も感じなかった。


「いえ、大丈夫です。本当に」

「それは良かった。大切にして下さいね」

「はい。ありがとうございます」

 桜はそう言って頭を下げた。


(ん? 何を大切にするんだろう……?)

 頭を上げると、そこにはもう誰もいなかった。


「え? あれ?」

 あたりを見回すと、遠くからチャイムの音が聞こえてきた。

「わわっ、遅刻だ!」


 桜は駆け出した。

 全速力で走ればまだ間に合う。

 無意識に、裏にまわる。


 アパートの裏側を通ればショートカットになるはずだ。

 初めて来たはずなのに、知っていた。


 途中、寂れた公園があった。


 遊具も何もない。

 朽ちかけたベンチを雑草が覆っている。

 明るい日差しの元、可愛らしいクローバーの花が愛嬌を振りまいている。


 一本だけある街灯に、灯りは灯っていなかった。

 時刻は朝だ。

 街灯の必要はない。


 公園を走る。

 ベンチを横切る時、少し胸が痛んだ。

 こんな公園、来たことないはずなのに。


 胸の痛みを振り切り、桜は大急ぎで公園を駆け抜けた。



 遥か上空から、ナルは走る桜を見下ろした。


「大切にして下さいかね。ダストの命……」

ご愛読ありがとうございました。

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