残酷な宣告
ダストは顔を上げた。
「どういうことだ?」
「私たちは小さな小さな宇宙のかけら。宇宙を織り成す細胞のようなもの。その細胞を、侵食する存在が現れたらどうなると思います?」
「侵食?」
「君が桜を求めるということは、神に等しき存在が、高々数十年で死ぬちっぽけな存在を求めるということ。それは異常な状態。細胞を侵食する異常な存在」
ダストは己の手を見た。
桜の薄い肩の感触が蘇る。
「異常な状態の細胞は、増殖する前に切って捨てなければならない。桜は宇宙から、危険だと判断されたのです」
ナルはすっと空を指差した。
「宇宙の意思です」
「……なぜそんなことを知っている」
ダストは震えながらナルを見つめた。
「まさかお前が……。お前が桜を!」
ナルはうなずかなかった。
ただし、否定もしなかった。
透明な、人形のような顔が、ダストを見返す。
「桜を。桜を返せ!」
ダストを中心に、円を描くように亀裂が入る。
「ぐっ!」
衝撃にナルは吹き飛ばされた。
ダストが踏み込む。
地面が大きく割れる。
ナルに向かって一直線に飛ぶ。
ダストは力の限り拳を振るった。
ナルは避けなかった。
為すがままにダストの拳を受けた。
吹っ飛び地面にぶつかりバウンドする。
それでもダストは止まらなかった。
ナルを追いかけ蹴り上げる。
ナルが空を飛ぶ。
ダストの姿が消え、ナルの背後に現れる。
両手を組み合わせ、ナルの頭部に向かって振り下ろす。
ナルは地面に打ち付けられた。
爆音と共にクレーターができる。
ダストは窪みの淵に降りた。
パラパラと音を立て、砂まみれになったナルが立ち上がる。
「ダスト。君は本当にわからないのか。君ならわかるはずだ。わかっているのに、わからないふりをしているだけだ」
ダストは右手を振った。
すると三個の鉄球が現れた。
それをナルに向かって振る。
鉄球は猛烈な速さでナルに飛んだ。
鉄球の温度が上がり、鉛色から赤く、そして白くなる。
ナルが手をかざすと、透明な壁が現れた。
壁に鉄球がぶつかる。
鉄球は回転しながら壁の表面を抉るように進んだ。
ナルは壁を残して上空へと飛んだ。
ダストが追いかける。
ダストは両手に力を込め、クロスさせるように光線を出した。
ナルが光線を撃ち落とす。
「君が彼女を望まなければ、彼女が死ぬことはなかった。彼女を殺したのは君だ。君は選ばれた存在だ。君さえ、僕を、宇宙を選べば、彼女は救われる!」
ダストは距離を詰め、右腕を刃のようにして斬りつけた。
左肩上から右脇下へ。
そこから更に逆袈裟へ。
右腹から左腹へ水平に。
最後に真上から真下に向かって真っ向に斬った。
ナルは全身から血を吹き出し、地に落ちた。
ダストがゆっくりと降りる。
ダストの右手に力が集まる。
「どれだけ次元を渡っても、桜が助かる道はない」
ナルはボロ雑巾のようになり、血まみれになっていた。
「桜は両親のいる別の世界にとどまることをしなかった。それは虚構の世界に作り上げた偽物だとわかっていたからだ。君にはそれがわからないのか」
ダストの右手がわななく。
「何度彼女を殺せば気が済む」
「…………」
「お前の超えた次元の数だけ、お前の見捨てた世界には、桜の遺体が取り残されているんだぞ!」
「うるさい!」
ダストが右手を払った。光の束は、見当違いの所へ飛んでいき、爆発炎上した。
「桜が一体何をした。桜はただ、懸命に生きていただけじゃないか。両親に先立たれ、孤独に、それでも一生懸命。それなのになぜ、桜の命が奪われなければならない!」
ダストは血を吐くように叫んだ。
ナルが、残酷な宣告をする。
「君が、彼女を求めたからだ」
ダストの膝が崩れ落ちる。
「俺の、せいなのか……。俺が、桜を求めたから……」
ナルはダストに向かって手を上げた。
「ダスト。一緒に行きましょう。君と一緒にいられるのは私だけです」
ダストはその手をぼんやりと見つめた。
幾多の世界を渡り、何人もの桜の遺体を作ってきた。
桜にとって、本当に有害だったのはダストだった。
ダストが現れなければ、桜は今も生きていた。
三千世界を巡っても、ダストが桜を求める限り、桜の命は助からない。
「…………桜」
桜の未来を奪ったのは、他でもないダスト自身だった。