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幸せな朝

 布団の中で、ダストはしっかりとサクラを抱きしめた。

 滑らかな肩をなでる。

 桜はダストの胸に頭を乗せ、幸せそうな顔をしていた。


 その時急に、ダストは怖くなった。


 ダストは人間でない。

 桜と同じ存在でない。

 そのダストが、桜とこのような形で結ばれて、桜の体になにか悪影響はないかと心配したのだ。


「桜、俺のことが怖くないのか」

 桜はすでに微睡んでいた。

 体は酷く疲れていたが、心の中は満たされていた。


「え? どうして?」

 眠たくて、思考がままならない。

「ダストが怖いはずないよ。変なこときくね」

 ふふっと笑う。


 ダストの中に熱い物がこみ上げた。


「桜、愛している」

「私もよ」


 ダストは桜の上に体重をかけた。

「もう一度いいか?」

「えぇ、また?」

 桜が笑う。


 ゆっくりと溶け合うように体を重ねる。


 ダストは思った。

(愛している)

 そのような短い言葉で、この気持ちを表現することが出来ない。

 自分の全てを捧げても足りない。


 ダストの熱を、桜の柔らかな体が受け止める。

(愛している愛している愛している)

 何万回言っても足りない。

 どうすればこの気持ちが伝わるのだろうか。

(いっそ、この胎内に入れたら……)



 翌朝目を覚ますと、目の前にダストの顔があった。

 目が合うとダストはにっこり笑った。


「おはよう、桜」

「おはよう。起きてたなら起こしてよ」

「なぜ?」

「寝顔見られるの恥ずかしいよ」

「それが見たいんだよ」

「いじわる!」


 桜はダストの胸を叩こうとした。

 ダストはその手をとりキスをした。

 そのまま引き寄せ抱きしめる。


「学校、行かなきゃ」

「ああ」

 そう返事をしたのに、桜を離すそぶりはない。


「そろそろ準備しなくちゃ間に合わないよ」

「うん」

 しかしダストは動かない。


「ダスト。ちょっと。離してよ」

「だって。桜の肌、気持ちいい」

「もう!」

 桜はダストの腕の中から抜け出した。


「わっ、こんな時間。早く準備しなくちゃ。ダストも早く」

 ダストは肘をついたまま寝転び、桜を見上げた。


「ん〜。いい眺め」

 何も身につけていないことに、その時ようやく気づく。

「バカ!」


「なにも叩くことないじゃないか」

「だってダストがいつまでもふざけているから」

「ふざけてない。本気だ」

「なお悪い! ああ、もう。朝ごはん食べてる時間ないよ。早く早く」


 桜は制服に着替えながらダストを追い立てた。

 しかしダストの着替えは一瞬だ。

 淡く光ると制服姿に変わっていた。


「これでいいか?」

「便利でいいね」

「桜にもしてあげようか?」

 桜の腰に手を回し、額にキスをする。


「制服あるからいいよ。それより時間時間!」

 靴を履き外に出る。


 すると、フードを深く被った男がいた。

 春だというのに、青いダウンジャケットを着ている。


「日向?」

 フードに隠れて顔はよく見えないが、それは日向だった。


「どうしたの? 何か用?」

 日向がふらっとする。


「危ない!」

 桜は日向が倒れると思った。

 助けようと手を伸ばす。


「え?」

 胸の辺りが熱くなる。

 視線を下げると、見覚えのあるナイフがあった。

 桜の胸に、がっちりと食い込んでいる。


 桜が倒れる。



「桜⁉︎」

 ダストが叫ぶ。


 桜の胸から引き抜いたナイフを、日向が振り回す。

 赤いものが飛び散る。


「どうしてだよ!」

 口角から泡を飛ばし叫ぶ。


「どうして僕のものにならないんだ。そんな男の、どこがいいんだ!」

 日向の目は、完全に焦点が合っていない。


「桜が悪いんだ! 桜が僕のものにならないから、みんな笑えないんだ。桜のせいだ桜のせいだ桜のせいだ!」


 ダストはナイフをよけ、日向の後ろに回り込んだ。

 ナイフを取り上げ、首に手刀を入れる。

 日向はがっくりと気を失った。


 ダストはすかさず桜に駆け寄った。

 アイボリーのブラウスが真っ赤に染まっている。

 抱き上げ胸に手をかざす。

 ダストの手が眩く光る。


「なぜだ!」

 桜は目を覚まさなかった。

 ピクリとも動かない。

 ダストはもう一度力をこめた。

 桜の名を呼びながら、何度も何度も力を使う。

 桜の皮膚は汗ばみ、青く冷たくなっている。


 いつの間に現れたのか、後ろにナルが立っている。

「ダスト。もう死んでいる」

「どうして。桜……どうして……」


 桜の胸に、ダストが顔をうずめる。


「君も知っているだろう。私たちは万能でない。命の尽きたものを助けることはできない」

「そんな……。桜……嘘だ……」


 ダストが桜を強く抱きしめる。

 桜の体はなんの抵抗もなく、ぐにゃりと曲がった。


「ダスト」

 ナルはダストの肩に手をかけた。

「辛いだろうが、これは仕方のないことだ」

 ダストは頭を振った。


「嘘だ。桜のいない世界なんて、あるわけがない」

「諦めろ。これは現実だ」

「違う。これは違う。桜のいない世界なんて、間違っている」

「ダスト」


 ナルは肩にかける手に力を込めた。するとダストはゆらりと立ち上がった。

 抱きしめていた桜がごとりと落ちる。


「ダスト?」

 ナルは呼びかけた。

 ダストの耳に、その声は届いていなかった。


「あああああ!」

 その瞬間、ダストの体が輝く。


「ダスト!」

 ナルはダストの名を叫んだ。

 しかし目の前にダストの姿はなかった。

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