家族
歩いてアパートに戻る。
するとアパートの前に、伯母の美里がいた。
桜が足を止める。
「何の用ですか?」
「謝罪と、説明を」
美里が頭を下げる。
「どうぞ」
折りたたみ式の小さなテーブルにお茶を出す。
「ありがとう」
そう言ったのに、お茶に手を出す気配はない。
美里はダストのことを見た。
「彼氏?」
「あなたに関係ないでしょう」
桜は冷たく言った。
「そうね」
気まずい沈黙が流れる。
すると突然、美里は土下座をした。
「ごめんなさい」
ラグの上に手をつき頭を擦り付ける。
「え?」
「先日の件。いくら謝っても許されることではないわ。でもどうしても、謝罪がしたくて」
「はぁ」
桜は美里を見つめた。
「あなに謝ってもらっても……」
美里が何かしたわけではない。
「日向にも、きちんと謝罪させます」
「無理やりしてもらっても」
「でも!」
美里が顔を上げる。
全く似ていないと思っていたが、こうしてみると、父の面影がある。
「説明って、なんですか」
桜は冷たく言った。
「え、ええ……」
美里が鞄から書類を取り出す。
「まだ子どもだと思っていたから。見せない方がいいと思ったの。でも、知らないのに、理解しろっていう方が無理よね」
おずおずと書類を差し出す。
「これは?」
「事故の、賠償金について書かれているわ」
「賠償金?」
「あと、明の遺産についても」
桜は書類に目を通した。
「あの事故は、酔っ払い運転が原因だけど、明の方から突っ込んだせいでもあるの。だから、明にも賠償責任がある。あの子の遺産は、ほとんどそれに消えたの」
「え?」
「でも、だからって、あなたをあの家から追い出す理由にはならない。ごめんなさい。私……。問題は山積みだし、処理をしたのは私だし、あなたの学費もあるし……」
美里が再び土下座する。
「あの家くらい、もらっていいと思ってしまった。ずっと羨ましかったから。幸せそうなあなたたち家族が。でも、あの家に住んでも、私は少しも幸せになれなかった」
嗚咽が漏れる。
「住む家に幸せがあるんじゃない。そこに、どんな人間が住むかが重要なのに。家を手に入れたら、私も幸せになれると思ってしまった。ごめんなさい。ごめんなさい……」
桜は呆然と書類を眺めた。
両親の葬儀で、美里が言った言葉を思い出す。
『とんだ負債ね。自分だけさっさと逝っちゃって。このお荷物をどうしろっていうのよ』
「あれは、私のことじゃなかったの? 賠償金のことだったの?」
あの言葉だけはどうしても許せなかった。
しかし、それは桜の勘違いだったのだ。
書類を見ると、遺産だけでは賠償金に足りていなかった。
足りない分は、美里が払ってくれたのだろう。
「あの家に伯母さんが住むのは、当然の権利だわ……」
「桜、一緒に住みましょう」
「え?」
「あなたは嫌かもしれない。でも、もう一度チャンスをもらえないかしら。明たちの代わりにはなれないかもしれないけど、私たち、家族になりましょう」
「家族……」
桜はうなずいた。
「じゃあ、準備ができたら、いつでもいいから」
「はい。よろしくお願いします」
桜が頭を下げる。
美里が部屋から出て行く。
桜は引っ越すことになった。
荷物などほとんどないから、引っ越しはすぐに終わるだろう。
扉を閉めて振り返る。
ダストがいた。
美里たちと住むということは、ダストとは暮らせないということだ。
勝手に決めてしまって、申し訳ないと思った。
「ダストはこのままここに住んでいいから。家賃のことなら、私がバイト代で──」
ダストの指が、桜の唇に触れる。
「大丈夫」
ダストがにっこり笑う。
「ハンバーグ。作ろうか」
桜も微笑んだ。
「教える約束だったな」
ダストがうなずく。