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白い月

 ガヤガヤとした空気でダストは目を覚ました。

 うつ伏せになったら、いつの間にか眠っていたらしい。


 おかげで、だいぶ力が戻った。


 体育の授業が終わったのだろう。生徒たちが戻ってくる。

 ダストは桜の居場所を探知した。


「あれ?」

 桜は学校にいなかった。

「どうしてだろう」


 ダストは教室から出た。

 目立たない位置で空間を転移する。

 アパートの部屋に現れる。


「おかしいな」

 そこにもいない。

 もう一度桜の居場所を探る。

 桜はすぐ近くにいた。


「どうしてそんな所に!」

 ダストは慌てて空間を転移した。



 全ての人に忘れ去られたような、寂れた公園。


 遊具も何もない。

 朽ちかけたベンチを雑草が覆っている。

 可愛らしいクローバーの花でさえ、ここでは陰気に垂れ下がって見えた。


 一本だけある街灯がチカチカと明滅している。


 桜は空を見上げた。

 明るい空に月が浮かんでいる。

 青い空に白い月。


 それはまるで、剥がすのに失敗したシールの跡みたいだ。


(シールみたいに、べりっとこの世界から剥がしてしまえれば良いのに)


 ダストの命を削っただけの迷惑な存在は、この世からきれいに消えてしまえばいいと思った。


 その時は、あの月みたいに未練たらしく跡を残したりしないで、きれいさっぱり完全に消えなければならない。

 そうしないと、またダストに迷惑がかかる。


(こんな所に座り込んでないで、さっさとそうしなさいよ。この意気地なし)

 薄い月を見上げる目に涙が浮かぶ。


(泣いたらなんでも許されると思っているの? そんなはずないでしょう。自分のしたことをよく考えなさいよ。あんたなんて、何の役にも立たない、ちっぽけな、迷惑な、邪魔なだけの存在なのよ)


 必死に涙を堪える。

 泣いていいのは桜でない。

 泣くことが許される立場ではない。

 桜は、何年か分のダストを殺したのだから。


 すると目の前が眩く光った。

(しまった。間に合わなかった)

 慌てて立ち上がる。

 逃げ出そうとするが、すぐに手首を捕まえられた。


「桜!」

 顔色の悪いダストが息を切らしている。

(また少し、減らしてしまった!)

 桜は顔を上げることができなかった。


「どうしてこんな所に」

 桜は何も答えない。

「とにかくアパートへ戻ろう」


「……ここで」

 小さな声で桜は言った。

 ずっと黙っていたせいか、声がかすれた。


「どうした、大丈夫か」

 桜は首を振った。


「ここで、初めて会ったね」

「ん? ああ、そうだな。だが、どうしてこんな所にいる。ここは危険だ。ひとりで来たらダメだろう」


 ここで日向に襲われたのは、ついこの間のことだ。

 嫌な思い出のある場所だが、ここはダストに初めて出会った場所でもある。


「私、あなたの側にいられない」

「どうして」

「資格がないからよ」

「資格?」


「私のせいで、ダストの命が縮んじゃった」

「……ナルか?」

「誰に聞いたかはどうでもいい。そうなんでしょう? 私のせいで……」

「俺が勝手にしたことだ」

「だけど!」


 ダストは笑った。

「いいんだ。俺はとても長生きだ。だから少しくらい減っても問題ない」

「なくない。なくないよ」


「俺は桜が生きている間だけ存在することができればそれでいい。あの程度なら、桜の命より短くなることはない」


「私は嫌だよ! 私のせいで、ダストの命が短くなるなんて!」

「いいんだ。桜のいなくなった後の世界なんて、興味ない」

「どうしてそんなこと言うの! 私にそんな価値ないでしょう!」


 ダストは笑った。

 真っ直ぐな、優しい笑みだった。


「あるよ。俺は桜が好きだから。だから桜のためならなんでもしたい。命が縮むのなんてどうでもいい。まぁ、あまり喜んでもらえなかったけど」


 そして照れ臭そうに頬をかく。

「今度はもう少しマシな手を考えるよ」

「そんなことしなくていい。ダストの命が縮むのなら、何をされても嬉しくない!」


「でもそれでは、俺の存在する価値がない」

「価値ならある。こうして私の側にいる。それだけでいい」

「そんなことでいいのか?」

「それがいい」

「そうか。それなら今まで通りだな」


 ダストが晴れやかな顔で笑う。

 しかし桜は首を振った。


「ううん。私はダストの隣にいる資格ない。私のせいで、ダストの命が縮んじゃった。私が」

「俺も、桜にいて欲しい。それが一番良い。それだけじゃダメか?」

 桜の目から涙があふれた。


「ごめんなさい。ダスト。ごめんなさい」

「謝るな。俺が勝手にしたことだ」

「でも」


 ダストの顔が、急に近づいた。

 唇が、唇に触れる。

 そよ風のような、一瞬のキスだった。


「ごめん。好きになってごめん。でも、好きなんだ。この世界に現れたその瞬間から。桜のことが好きなんだ」

 ダストは桜を抱きしめた。

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