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刺激が強い

 靴を二足置けば一杯になる玄関。

 普通であれば、下駄箱が置かれる位置にあるのは冷蔵庫。


 その奥にミニキッチン、ユニットバスと続いている。

 ミニキッチンの向かいにあるのは小さな部屋がひとつだけ。


 ピンクのカバーが掛かった布団。

 同じ色調のカーテン。

 折りたたみ式のテーブルと、ハート型のクッション。


 細々としたものを詰め込んだカラーボックスに衣装ケース。

 狭い部屋だが、きちんと整頓されているので圧迫感はない。


 唯一のこだわりで買ったふわふわラグの上に、桜と同じ姿をしたものが立っている。


 腰まで伸ばした長い黒髪。

 キツそうな目元。

 ツンと尖った細い顎。

 アイボリーのブラウスに、チェックのスカート。

 学校指定の白のソックスまで同じだ。


 桜の姿をした何かは、珍しそうに部屋を見渡した。

 その姿を見たまま、桜はキッチンに立った。


 近づくのが怖い。


 キッチンにもたれ、そっと流しの扉を開ける。

 後ろ手に、そろそろと包丁を取り出す。

 武器を手にして、少しだけ勇気が湧いた。


「あなた、なんなの?」

 桜の姿をした何かが振り返る。

「私は宇宙の塵のようなもの。漂うだけの存在」

 それは姿だけでなく、声まで桜と同じだった。


「思いっきり目の前に存在しているけど……」

「今までこのような事態になったことはない」

「どうしてなったの?」

「お前の悲鳴がうるさかったからだ」

「なんですってぇ⁉︎」


 今まで生きてきた中で、最大のピンチだったのだ。

 悲鳴を上げるなという方が無理だろう。


「見てよこのブラウス! 叫ぶに決まってるでしょう⁉︎」

 自分の胸元を指差す。


「破れてるし、ボタンちぎれてるし! 高いのよ!」

 投げ売りを買えばいい私服と違い、制服は高い。


 その制服の、胸元が大きく裂けている。

 ボタンも数個どこかへいってしまった。自分で補修できるレベルではない。

 買い直さなくてはならないだろう。


 すると桜の姿をした何かは、桜に向かって手をかざした。

「何よ……」

 桜はたじろいた。包丁を握る手に力が入る。


「なに、なんなのよ……」

 部屋は狭い。

 大股でいけば三歩ほど。

 桜は包丁を前に出した。


「何かしてみなさいよ。そしたらこれで!」

 桜の姿をした何かの手が光る。

 思わず目を閉じる。


(やっぱり何がなんでも警察に保護してもらえば良かった!)


「目を開けろ」

 落ち着いた声色に、桜は恐る恐る目を開けた。


「こちらではない。服を見ろ」

 胸元へ視線を落とす。

「あれ、直ってる……」


 ブラウスの裂け目はなくなり、失ったはずのボタンも元に戻っていた。


「あ、ありがと……」

 無くなったはずのボタンを触る。

 他のボタンと全く同じ。へたれ具合まで同じだ。


 桜は胡散臭そうに相手を睨め付けた。

 動揺を隠すように、髪をかきあげる。


「まぁ、あなたのおかげで助かったし。一応お礼を言っとくわ。私は暁月桜。あなた名前は?」


「名前は無い」

「無いの?」

「ああ。私は宇宙の塵。漂い揺蕩い流されるだけの存在。ゴミのようなものに名前はない」


「ふ〜ん。ゴミねぇ」

 桜は英語の授業で習ったばかりの単語を思い出した。


「じゃあダストね。今からあなたのことは、ダストって呼ぶわ。名前がないと不便でしょ」

「ダスト……」


 ダストは桜の言葉を復唱した。

 すると、ダストの中に新しい感情が芽生えた。

 しかし感情というものをつい先ほど知ったばかりのダストに、その感情の正体はわからない。


「それよりその姿、なんとかならない?」

「何がおかしい」

 ダストが体をペタペタ触る。


「ちょっと。どこ触ってんのよ」

 見た目は桜と全く同じだ。

 自分の胸や腰を触られているようで、気分が悪かった。


「自分と喋るのって気持ち悪いよ。誰か違う人になれない?」

「なれるぞ」

 ダストの全身が光り、男性の姿に変わる。


「どうしてそれをチョイスするかな」

 桜はがっくりと肩を落とした。

 ダストは日向の姿に変わっていた。


「他にデータがない」

「データがあれば何にでもなれるの?」

「試してみないとわからない」

 ふと悪戯心が湧き上がる。


「じゃあこれは?」

 部屋に入り、カラーボックスから写真集を取り出す。

 生活費を削り、なんとか手に入れたショウの写真集だ。


「わかった」

 ダストの体が光り、ショウの姿に変わる。

「ふわぁ〜! マジか。マジでショウだ」

 触るのすら躊躇われ、遠慮がちに眺める。


「何にだってなれるの?」

「………」

「なれないの?」

「………」

「何よ、急に黙らないでよ」

「………」


 ダストの姿が発光したかと思うと、桜の姿に戻る。


「口を動かさずに、どうやって喋れば良いかわからない」

「は?」


 しばし考える。


「………つまり。サンプルが写真だから、動けないってこと?」

「どう動くのかわからない」

「そっか……。あ、じゃあこれなんてどう?」


 テレビをつける。

「あー! もう始まってるじゃない!」

 桜の見たかった番組は、とっくに始まっていた。


「何のためにあの道を通ったんだか……」

 がっくりと項垂れる。

「はっ、落ち込んでる場合じゃない。これこれ、この人!」


 そう言った瞬間、番組の司会者が

「それでは、ありがとうございました〜!」

 と陽気に手を振った。


 番組がCMに切り替わる。

「あ、あ、ああ。見逃した…………」

 ショウの出演する部分は終わってしまったようだ。

 再び項垂れる。


「これでいいか?」

 耳元でショウの声がして、飛び上がる。

「ふぁっ⁉︎」


 ショウが桜の前でしゃがんでいる。


「ふぁ、ふぁい」

 はいと言ったつもりだが、声になっていなかった。


「そうか」

 そう言うと、 ダストは立ち上がった。

 桜が身構える。

「な、何する気!」

 ダストが玄関の方を向く。


「ここから出て行く」

「あ、そうなの?」

「私がいたら困るだろう」


 困るかと言われたら、大変困る。


「でも……。ここを出て、行く当てあるの?」

「わからない」

「わからない?」


「私は先ほど出現したばかりだ。この世界のことも、自分のことも、なにひとつわからない」

「そうなんだ。でも私の家は知っていたじゃない」

「それは」

 ダストが手を伸ばし、桜の頬に触れる。


「情報を貰ったから」

「情報?」

「ああ。遺伝子の情報だ」

「遺伝子?」

「涙を貰った」


 ダストが桜の涙を舐めたことを思い出す。

 その時は桜と同じ姿だったが、脳内で再生された姿はショウだった。


「うわ! うわわ!」

 頬が赤く染まる。

「どうした。急に体温が上がったぞ」

 頬に当てられたダストの指を押し返す。

 この顔は刺激が強すぎる。


「なんでもない! なんでもないわ!」

「本当か?」

 ダストが桜の顔をのぞきこむ。

 サクラは思わず仰け反った。


(この顔はダメだ!)

 そう思ったが、ショウの顔をしたダストに見つめられると、何も言えなくなる。


(よく考えたら、ダストのおかげで助かったんだし……)


 桜は先ほどの恐慌を思い出した。

 ただ普通に走っていただけなのに。

 突然引き倒され、抑えつけられ、殴られた。


 なんの説明もなかった。

 自分の意思は反映されず、一方的に押し付けられる暴力。


(もしもあの時ダストが現れなければ……)

 その先を想像し、身を震わせる。


「行く当てがないなら、少しくらいいていいよ」

 気付くとそう言っていた。


「桜、ありがとう」

 ダストが桜を抱きしめる。


(あああああショウが! 私を! 抱きしめている!)

 桜はパニックに陥った。


(ショウが! 私を! 落ち着け、これは別人だ。いや、人か? とにかく、落ち着け私!)

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