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天使と悪魔

 日向の家に、悪魔が来るらしい。


『明のようになるな』

『あいつさえいなければ』

『あの悪魔め!』


 母は、繰り返しそう言った。

 その『明』が来る。


 お母さんやおばあちゃんを置いて家から飛び出したくせに、今頃になって何をしに来るのか。

 路頭に迷って、遺産目当てに戻ってきたのか。


 これは母の受け売りだ。

 七歳になったばかりの日向に『路頭』とか『遺産』とかはよくわからない。


 とにかく、明は自分勝手なことをしている。

 それだけはわかった。


(お母さんがいじめられていたら、僕が明をやっつけてやる!)

 そう思い、急いで学校から帰った。


 扉を開けると、談笑が聞こえた。

 息を切らせ、ランドセルを握り、部屋に入る。


「あら日向。おかえり」

 母が笑っている。

「ひなちゃん、手ぇ洗っといで。ケーキ貰ったよ」

 祖母も笑っている。


 母と祖母が笑顔で会話しているのを見るのは、いつぶりだろう。


「こんにちは、日向くん」

 日向は、天使だと思った。


 艶やかな髪の毛。

 きめの細かい肌。

 大きな瞳。

 潤った唇。


 構成する全ての要素が美しい。


 幼い日向には、それをひとつひとつ知覚することはできなかったが、とにかく『キレイだ』と思った。


「僕は明。君のおじさんだよ。よろしくね」

 明は笑った。

 日向の知っている『おじさん』は、こんなのじゃない。

 こんなに美しい『おじさん』がいるはずない。


 明と一緒にケーキを食べた。

 初めてだ。

 こんなに美味しいケーキがあるのを、日向は知らなかった。


 明は『介護』の話をしにきたらしい。

 母は「ありがたいありがたい」と言った。

 祖母は「すまないすまない」と言った。

 ふたりとも、とても嬉しそうだった。


(明は悪魔じゃなくて、天使だったんだ!)



 明が帰ったあとも、日向はうきうきしていた。

 最近、家の中は暗い。

 いつもギスギスしている。

 母はヒステリックになり、祖母は人が変わったように喚き散らしていた。


 それなのに、母も祖母も、明がいる間は微笑んでいた。

 明るく、笑顔に満ちた時間。


 日向は幸せだった。

 この時間が永遠に続けばいいと思った。


「ねぇ、お母さん。明さんって、いい人だね」

 そう言った途端、母は明が持ってきた書類を日向に投げつけた。


「あんたに何がわかるのよ!」

 日向は呆然とした。


「学生のくせに子どもを作って家を飛び出したくせに。今頃なんなのよ!」

 母がわめく。


「あれから私がどれだけ苦労したと思ってるの! それなのに何⁉︎ 医者になったですって⁉︎」

 ドンとテーブルを叩く。

「僕が面倒見るですって⁉︎」


 日向は遠い目をした。

(ああ、これはいつもの家だ。これが僕の家……)


 隣で祖母がうめきだす。

「あ〜あ〜あ〜! ごめんなさいいい! ごめんなさいいい!」

「うるさい!」

 母が一喝する。

 しかしそんなことで祖母は止まらない。

 ますます酷くなるだけだ。



 それからたまに、明は日向の家へやって来るようになった。

 不思議と明のいる間は、祖母はまともだった。

 うめいたり、徘徊したりしない。


 それどころか、明の連れてきた妻や娘の世話を甲斐甲斐しく焼いた。


 明たち一家がいる時だけ訪れる平穏。

 日向はいつの間にか、その時が来るのを焦がれるほどに待つようになった。



 日向はベッドを見下ろした。

 そこに桜が眠っている。

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