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保健室

「桜! こっちこっちー!」

 杏奈が桜に向かって手を振る。

 桜はドリブルでディフェンスをかいくぐり、杏奈に向かってボールを放った。


 杏奈は自分からアピールしたくせに、ボールがくると、わたわたなった。


 すかさず絵梨花が駆け寄り、カットする。

 絵梨花の投げたボールは綺麗に弧を描き、スリーポイントシュートが決まる。


「絵梨花、ナイス!」

 チームメイトと絵梨花がハイタッチする。

 体育の授業、バスケットボールだ。


 絵梨花が桜に鋭い視線を送る。


(うわぁ〜。バチバチに意識されてる〜)

 桜はなるべく目立たないようゴール下に移動した。

 しかし目立たない所へ移るたび、パスの出しどころに困ったチームメイトがボールを投げてくる。


(うひぃ〜!)

 体育は苦手でない。むしろ好きだ。

 しかし、絵梨花のむき出しの敵意が恐ろしくて逃げ回っている。


「はいっ!」

 またしてもボールが来る。

(なんでこっちに投げるのよ!)

 受け取ったボールをすぐに投げ返そうとするが、しっかりとディフェンスがついて投げられない。


(仕方ない!)

 ドリブルで進む。

 センターラインでひとりかわす。


 ペイントエリアに絵梨花が入る。

 桜はドリブルをしたまま、ボールを打つ右手のリズムを遅くした。

 膝を少し曲げる。

 右手の中で、ボールがきゅるきゅると回る。

 視線をゴールに向ける。


 絵梨花は桜がゴールを打つと思った。

 反射的にジャンプする。


 それを見た桜は、ボールを左手に移した。

 両手を挙げて飛ぶ絵梨花と目が合う。

 そのままドリブルで駆け抜ける。


 絵梨花の脇をすり抜け、レイアップシュートを決める。


「ふぅっ」

「桜、ナイッシュ!」

 杏奈が喜んでいる。

「いぇ〜!」

 ピースサインを送る。


(いかん。楽しくなってきた)

 前回のテニスの試合も、これで調子に乗ったのだ。

(ヘタに勝ったら、またややこしくなるぞ)

 気を引き締める。


 すぐにエンドラインからスローインが放たれた。

 桜からちょうどカットしやすそうな位置だった。

 気を引き締めたところだったのに、思わずボールに手を伸ばした。


「させないわ!」

 桜の後ろにいた絵梨花が手を伸ばす。


「あっ!」

 ふたりがぶつかる。

 もつれ合い、桜の上に絵梨花が倒れた。


「痛っ!」

 桜は激痛に呻いた。

 絵梨花の全体重が足にかかったからだ。


「大丈夫⁉︎」

 クラスメイトの声がする。

「うん」

 桜が顔を上げると、心配そうに囲まれているのは、絵梨花だった。


 絵梨花が鼻から血を流している。


「わっ、ごめん、大丈夫⁉︎」


 絵梨花が顔を隠す。

「見ないでよ」

 前髪の隙間から桜を見る。

 八つ裂きにしても足りない。

 絵梨花の瞳はそう言っていた。


「あ、ごめん……」

 絵梨花はクラスメイトに付き添われ、体育館から出て行った。


 桜はその後も授業を受けたが、絵梨花に乗られた方の足が段々と痛みを増してくる。

 体育が終わると、桜は保健室へ向かった。


(もう絵梨花はいないかな)

 扉をノックするが返事はない。


「失礼しまぁす」

 桜はそっと扉を開けた。

 中には誰もいなかった。


「なんだ、心配して損した」

 中に入り、ジャージをめくる。

「うわぁ」

 左脚が赤く腫れている。

「湿布とかないかなぁ」

 桜は戸棚の中をのぞいた。


「勝手に触らないでもらえますか」

「ひぃっ!」

 桜が驚く。


「ナル⁉︎ どうしてあなたがここに⁉︎」

「本当ですよ。私の業務とは全く関係がないのに。どうして私がここにいなければならないのです」

 ナルが不満そうにつぶやく。


「はぁ?」

「養護教諭なら、生徒が怪我をしたとかで、家まで送りに行きましたよ。その間、私に留守番をしておけと命じてね」


「怪我をした生徒って、絵梨花?」

「そんなこと知りませんよ。人間というのはどうして斯くも面倒臭いのでしょう。建前と偽善に満ちている。全くもって進歩がない」

「はぁ」


 面倒臭いと言っている割りに、ナルは白衣を着ていた。

 いかにも養護教諭のかけそうな丸眼鏡までかけている。

 形から入るタイプなのだろうか。

 ぼんやりとそんなことを考える。


「ですから、私は代理なので何もしません。何がどこにあるかなんて知りませんからね。さっさと出て行って下さい」

 ナルがしっしっと手を振る。


「ちょっと、犬じゃないんだから。やめてよ」

「犬の方がまだ可愛いですよ。従順で忠実な所があなたより優れている。バカなところは似ていますけどね」

「はぁ⁉︎」

 桜は腹が立った。


「どうしてそこまで言われなきゃいけないのよ」

「そうですね。犬に失礼でした」

「はぁぁぁ⁉︎ もういいよ!」

 桜は回れ右をした。

 保健室から出て行こうとする。


「ちょっと」

 ナルが桜を呼び止める。

「何?」

「その怪我。ダストに治させようなんて考えないで下さいね」


 桜は言われて初めてダストに治して貰えば良かったと気がついた。

「そっか。その手があったか」


 ナルが侮蔑の表情をする。

「浅ましい」

「悪かったわね! 誰かさんが手当てしてくれないからでしょ!」

「今度は人のせいですか。本当に浅慮で安直で短絡的思考の持ち主ですね」


 桜はもう会話をするのが嫌になって、扉に手をかけた。


「あなたが信頼するのは勝手ですけどね。ダストは本当にあなたが思っているような存在ですか?」

 桜の手が止まる。

「どういうこと?」


「私たちは人の記憶を操作することができるのですよ。あなたの感情は、本当にあなたが抱いたものですか?」

「そんなこと……」

「ある訳ないですか? ダストがあなたにしたことは、本当に起きた出来事ですか? ダストがあなたの記憶をいじっていないと、どうして言い切れるのです」


「だって……」

「あなたの両親は、本当に事故で亡くなったのですか?」

「それは……」


「本当に、一年前に亡くなったのですか?」

「…………」

「ダストに出会う一瞬前まで、生きていたかも知れませんよ。もしかしたら、ダストが……」


「違う!」

 桜は叫んだ。


「違う。違う。そんなはずない。ダストはそんなことしない!」

「本当に?」


 ナルが笑う。

 人形のように整った顔は透明で、嘘など吐きそうになかった。


「ダストは。ダストは……」

 桜はその場から逃げ出した。

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