表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/62

無数の世界

 部屋の中が、夕日に染まる。

 洗濯物を取り込む音。

 夕食の準備をする音。

 掃除機をかける音。

 子どもの笑い声。

 鳥の鳴き声。

 車の走行音。


 様々な音に混じって、ダストの鼓動が聞こえた。

 胸に埋めていた顔をあげる。


「ごめんね」

 桜は顔を拭いた。

「いっぱい泣いたらすっきりしちゃった」

 見上げた顔は、苦しそうに歪んでいた。

 ダストが辛そうにしている。


「そんな顔しないで。私、大丈夫だから」

「桜」

 ダストが桜の言葉を遮る。


「桜、知っているか? この世界には無数の世界が存在する」


 涙に濡れたその顔を、ダストは美しいと思った。

 愛しくて、愛しくて、たまらない。

 この涙を止めるためなら、なんでもできる。


「この世界には、存在するものの数だけ世界がある」

「ダスト? 何を急に──」


「人にも、動物にも、虫にも、星にも。生命の数だけ世界は存在し、生命の選択の数だけ世界は存在する」


 桜は途方も無い話に戸惑った。


「折り重なり広がりあい、複雑に絡み合い、増殖し、収縮している。1秒前の世界。1秒先の世界。1時間前の世界。1時間先の世界。1年前、10年前。1年先、10年先。数えきれない無数の世界が接続し存在している」


 突然ダストがこのような話を始めた理由がわからない。


「桜の両親の生きている世界も、探せばきっとある」

「えっ?」

「そして俺には、それを捜す能力がある」

「ダスト……。それ、本気で言ってるの?」

「ああ。捜すだけじゃない。桜をそこに連れて行くこともできる」


 桜はダストの顔に向かって手を伸ばした。

 手が震えている。

 ダストの頬を両手で包む。

「本当に?」

 ダストはうなずいた。


 想像した。

 まだ両親の生きている世界。

 そこに行くことができる。

 また両親に会える。


「ただ、その世界にも桜はいる。桜がふたり存在することはできないので、桜は桜でない何かになる必要がある」

「私でない何か?」


「しかし記憶を操作することはできる。その世界の桜と姉妹になることもできる。そうすれば、桜は両親の子どもとして生きることができるだろう」


「そして、私ではない何かとして生きるのね……」

「ああ。そうだ」


 桜は微笑んだ。


「そして、それは私の本当の両親ではないのね」

「まあ、それは……」


「私の両親は、私のいなくなった世界で亡くなっているから……」

 ダストがうなずく。


「ありがとう、ダスト。でも、いいわ」

「どうして?」

「お父さんもお母さんもいないのは寂しいよ。でも……。私のお父さんとお母さんは、この世界の、私が傷つけてしまったふたりだけ」

 桜がうつむく。


「私がこの世界からいなくなったら、ふたりが悲しむじゃない。お父さんとお母さんの分まで生きるって、決めたのに」

「そうか……」


「それに、私にはダストがいるから大丈夫」

 桜がダストを抱きしめる。


(俺は、この言葉が聞きたかっただけなのか?)

 口の中が苦いものでいっぱいになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ