やましい気持ち
街灯もないうらぶれた公園に一筋の光が差す。
光はゆらゆらと揺れ、桜たちに近づいた。
「君たち、こんな時間に何をしている」
懐中電灯を手にした警官が、桜たちを照らす。
「揉め事が起きていると通報があったが、君たちか?」
見慣れた青い制服を目にした途端、桜の中で急に現実感が湧いた。
乱れた己の姿に気づき、慌てて整える。
警官はあたりにライトを当てた。
遊具すらない小さな公園。
朽ちかけたベンチと雑草があるだけ。
「男女だと聞いたが……」
そこで初めて警官は、桜たちの顔を見た。
「おや、君たち双子かい? そっくりだね」
桜は助けを求めようとした。
しかしそれより一瞬早く、桜の姿をした何かが口を開く。
「そうです」
「じゃあ姉妹喧嘩かな? でもここは人通りがなくて、痴漢がよくでるから、続きは家に帰ってからにしなさい」
「はい」
桜の姿をした何かがうなずく。
「あの!」
桜は慌てて前に出た。
そして止まる。
(なんて説明すればいいの? いきなり襲われて、日向がふたりになって、そして私と同じ姿になっちゃったとでも言うの? そんなの、どう考えても、私の頭がおかしいと思われるじゃない)
桜は桜の姿をした何かを見た。
(そして、私そっくりな姿をしたこいつが、私の人生を乗っ取る気ね!)
ついこの間、同じような話の映画を見た。
「そうはさせないわよ!」
桜の姿をした何かを牽制する。
「おいおい。まだ喧嘩するつもりかい? 親御さんに連絡した方がいいかな」
警官がつぶやいた。
「ちがっ、そうじゃなくて」
「なら、ちゃんとお家に帰るかい?」
警官の口調は、だんだん子どもをあやすようになっている。
(どうしよう。どうしたらいいの!)
桜の葛藤をよそに、桜の姿をした何かは
「はい」
と返事をした。
「勝手に返事しないでよ!」
桜がそう言うと、警官は困ったようにため息をついた。
「親御さんの連絡先を教えて貰えるかい?」
警官は、桜の姿をした何かの方が、話が通じやすいと判断したようだ。
「ダメ!」
桜は叫んだ。
「君には聞いていないよ」
警官が言う。
保護者に連絡されるのはまずい。
桜には『親御さん』など存在しないのだ。
逡巡の後、苦しそうに「帰ります」と言う。
「そうかい。じゃあ家まで送ろう」
警官は嬉しそうに言った。
「いえっ! 結構です!」
桜は警官の言葉に度肝を抜かれた。
しかし警官は首を振った。
「いいや。ちゃんと家まで帰ったことを確認しないと。本官は仕事をまっとうできない。これも仕事だ」
「そんな……」
「喧嘩をするなとは言わないよ。僕にも覚えがある。兄弟というのは、つまらない事でこれでもかというくらい喧嘩をするものさ。でも場所は選ばないと。さぁ、家まで送ろう」
警官は、桜たちが姉妹だと信じて疑わない。
ということは、桜たちが一緒に住んでいると考えているだろう。
このままでは、なんだかわからない存在が家までついてきてしまう。
(お巡りさんがどこかに行ったら、逃げ出そうと思ったのに……)
「さぁ、お家はどっちだい?」
警官がにこやかに笑う。
「こっちです」
桜の姿をした何かが歩き出す。
目の前にあるアパートの前で止まる。
「ここです」
桜は叫び出したい衝動に駆られた。
(どうして私の家を知っているの!)
「そうかい。じゃあここで」
警官は笑った。そしてそのまま沈黙が流れる。
「……入らないのかい?」
警官が聞く。
「もしかして僕のことを疑っているのかな? 僕は正真正銘、本物の警察官だよ。ほら」
ポケットから身分証を取り出し提示する。
「さぁ、安心したろ? 君たちがちゃんと家の中に入ったら、僕も帰るよ」
警官には一分のやましい気持ちもないのだろう。
純粋に職務をまっとうしようとしている。
桜の姿をした何かが、じっと桜を見る。
桜は渋々アパートに入った。
一階の突き当たり。そこが桜の部屋だ。
表に回ると、塀越しに警官が移動するのが見える。
鍵を取り出しドアノブに差し込む。
鍵はなんの抵抗もなく開いた。
警官の方を見ると、にこやかに手を振っている。
ドアを開くと見慣れた自分の家があった。
あきらめたように、桜は家の中に足を踏み入れた。