屋上の対決
うららかな春の屋上。
その長閑な雰囲気に、全くそぐわないふたり。
ダストとナルは対峙していた。
ダストが走りだす。
上段から拳を突くが、軽くいなされる。
払われた反動を利用し、回し蹴りを放つ。
脇腹に足が当たった瞬間、ナルがその足を抱え込む。
半歩前に進み、ダストの軸足を払う。
胸ぐらをつかまれ、押し倒される。
ダストは強かに背中を打ち付けた。
「ぐっ!」
ダストがうめく。
しかしすぐに足を折り曲げ、腹部に蹴りを入れる。
ナルは後ろに下がってそれをかわした。
「はっはぁ!」
ナルが嬉しそうに笑う。
「やはりこうでなくては!」
ナルが両腕を広げる。
真っ白なスーツに太陽が反射し輝いている。
「私と互角に渡り合えるのは君だけだ。君はこんな小さな場所に留まっていい存在ではない」
ダストが立ち上がる。
「そんなの、お前の決めることじゃない」
「わからない。私にはわからないよ。その女の何が良いのです。君はただ、インプリンティングされているに過ぎない」
銀色の髪が揺れる。
「この世界に誕生したその瞬間、目の前にいたから。だから執着している。それだけだ。そんなものは雛鳥と同じだよ。目を覚ましなさい。君に本当に必要なものは何か。最も相応しいのは誰か」
ダストは右足に力を込めた。勢いよく踏み込む。
「だからそれは、お前に関係ない!」
ナルも前に向かって走りだす。二人が衝突する。
上空に向かって飛ぶ。
雲を突き抜け大気圏に突入する。
ダストはナルを捕まえようと躍起になった。
しかし楽々とナルはかわした。
「ははっ。それじゃ捕まえられません」
「この野郎!」
手を伸ばす。
ネクタイに届きそうなところで、かわされる。
ナルの膝が伸び、ダストの顎に入る。
「ぐっ!」
ダストはのけぞった。
「楽しいですねぇ!」
両手を広げ太陽を背にしたナルは神々しかった。
「楽しくないって言っただろ!」
再び上昇しつかみかかる。
「それではバカのひとつ覚えです。あなたは私と同じ存在のはず。そのように愚かなはずありません」
ダストの伸ばした右手をナルがつかむ。
ナルは先ほどと同じようにしようとした。
その手をダストが振り払う。
その瞬間、ナルの右手から鮮血が吹き出した。
「おや」
ナルが意外そうな顔をする。
ダストの手には一振りの剣が握られていた。
刃渡りは五十センチほど。
肉厚で幅広な諸刃の剣だ。
それを見ると、ナルはニヤリと笑った。
紫の瞳が光る。
「いいですね」
斬られた手を振る。
血が消え、代わりにレイピアが現れた。
刀身が1メートル以上もある重量なものだ。
「待った甲斐がありました」
そう言うとレイピアを構える。
「ぞくぞくしますよ」
「はぁ!」
ダストが振りかぶる。
ナルは剣先をダストに向けたまま、横にかわした。
横へ横へと斬撃をかわし、ダストの周りをくるくる周る。
軽やかな足取りでかわすその姿は、まるで円舞曲だ。
「ほらほら。そんなんじゃちっとも当たりませんよ!」
ダストはなんとか間合いを詰めたかったが、相手の刀身が長すぎて上手く入りこめない。
「うるさい!」
レイピアの切っ先に刃を当て、擦るように刃を滑らす。
無理やりナルの間合いに潜り込む。
瞬時にナルが刃を返す。
剣を絡め取られそうになり、ダストは後ろに下がるしかなかった。
下がろうとして、伸びきった脇腹に蹴りが入る。
下に向かって撃ち落とされる。
ダストがテニスコートにバウンドする。
「ダスト!」
桜が叫ぶ。
「大丈夫だ、問題ない」
地面にめり込んだダストは、砂煙を上げ立ち上がった。
ナルが優雅に舞い降りる。
つるりと刀身をなでる。
「余裕ですね」
ナルの強烈な突きがくる。
ダストは剣の腹でレイピアを叩こうとした。
しかしレイピアの曲線を描いた柄が、それを受け止める。
ダストの剣を絡め取る。
すると、ダストの分厚く強靭な刃がへし折られた。
硬質な音を響かせ刃が折れる。
「さぁ! 次はどうしましょうか!」
ナルは嬉しそうにレイピアを放り投げた。
レイピアが空気に溶けるように消える。
ナルの頬が興奮で赤く染まっている。
楽しくて楽しくて仕方がない。
そういった表情だ。
激しい乱打の応酬が続き、ナルの足が華麗に舞う。
ダストの顎に一回転外蹴りが決まった。
ダストが仰け反る。
その脳天に、ナルは踵を落とした。
ダストが崩れ落ちる。
その瞬間、鈍い音が響いた。
ナルが意外そうな顔をして、腹部に手を当てる。
ナルの腹部には、深々と刀身が刺さっていた。
先ほどナルにへし折られたダストの剣だ。
ダストがそれを拾い、ナルに向かって投げたのだ。
「がぁっ!」
ダストが立ち上がり、刀身の刺さる腹部を蹴る。
そのまま踏みつける。
ナル諸共、テニスコートに突き刺さる。
「観念しろ」
踏みつけた足をゴリゴリ動かす。
貫かれている腹部以外、ナルに傷はない。
ダストの攻撃はほとんどナルに届いていなかった。
ナルは「ふふ」と笑った。
「嫌ですよ。こんなに楽しいのに」
「はぁ⁉︎」
思わず桜は言った。
「こんなことの、何が楽しいのよ!」
「楽しいですよ。あなたにはわからないでしょうけど」
「ええ、わからないわ。あなた、ダストを手に入れて、そのあとどうするの? 今みたいに、ずっと戦うつもり?」
ナルは微笑んだ。
「それもいいですね」
「何が楽しいのよ」
「楽しいじゃありませんか。とても」
「楽しくない」
ダストが吐き捨てる。
「楽しくないですか」
「ああ。全く楽しくないね」
「それは残念」
「戦うために、ダストが欲しいの?」
桜が問うと、ナルは笑うのをやめた。
遠い空を見つめる。
「別に。そういうことではありません」
「じゃあどうして」
「あなたにはわかりません」
「どうしてよ!」
ナルは空を見ていた。
「あなたには、真鍋さんがいます」
「杏奈?」
「ご両親も」
「お父さんとお母さんはもう亡くなったわ」
「しかしいました」
「まぁ、いたけど」
「そういうことです」
「全くわからないわ」
「だから言ったでしょう」
ナルは空から視線をそらした。
ゆっくりとダストを見る。
「君にも、わからないんだね」
「ああ。わからん」
「そうかですか……」
ナルはため息をついた。
そしてまた微笑んだ。
「では仕方ない。さよならだ」
ナルの姿がふっと消える。
テニスコートに、ダストの切先だけが残される。
「くそっ。逃げられたか」
「あきらめてくれたのかな?」
「さあな」
杏奈を地面に降ろし、桜はダストに駆け寄った。
血塗れの、ボロボロだ。
「大丈夫?」
「問題ない」
ダストの体がぱぁっと輝く。
傷はあっという間に消えた。
「便利ね」
「でも痛いのは痛いんだぞ」
「そうなの? ごめん」
「サクラが謝ることはない。でも……」
「でも?」
「エネルギーを使い過ぎた。腹が減った」
桜は思わず吹き出した。