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昼休み

 翌朝登校すると、杏奈が笑顔で話しかけてきた。

「桜、おはよう」

 その笑顔に屈託はない。いつも通りの杏奈だ。


「おはよう、杏奈。あの、昨日のことなんだけど」

「昨日どうかした?」

「え?」

「あ、歌番組? ちゃんと録画しておいたよ。ショウが出てたもんね」


 桜は思わずダストを見た。

「記憶、操作した?」

 ダストが首を振る。


「新曲かっこよかったよ。バイト休みの日いつ?」

「えっとね」

 手帳を取り出す。


「わぁ、びっしり。ちゃんと休みなよ」

「そうだね」

 ダストが桜の袖を引く。

「あ、ごめん。ちょっと待って」

 桜は杏奈に断りを入れ、ダストに向き直った。


「何?」

「どうなっている」

「わかんない」

「記憶が消えているのか?」

「そんな感じね」

「なぜ」

「だから、私が知るわけないじゃん」


 杏奈がふたりをのぞき込む。

「ホント仲良いよね〜」

「あ、ごめん。杏奈」

「いいよ。続けて」

「いいのいいの。えっとね、次の休みは〜」


「おい、桜」

 ダストがまた袖を引く。


「もういいじゃん。ナルの考えてることなんて、いくら考えたってわかんないよ」

 桜はうるさそうに顔を歪めた。


「あっ、この日空いてるよ」

 杏奈がカレンダーを指差す。

「えっ、どこどこ⁉︎」

 桜は楽しそうに杏奈との会話を再開した。


 わけはわからないが、以前のように戻れるなら、それでいい。


 四時間目が終わると、杏奈はサブバッグを持って桜の元にきた。


「お弁当食べよ」

 桜は今日も弁当を持ってきていない。

「え〜っと」

「大丈夫。作ってきたから。それとも、私と食べるの嫌?」

「嫌じゃないよ!」

 杏奈はにっこりと笑った。


「良かった。ねぇ、桜は昼休みどこにいるの?」

 少し躊躇したが、また杏奈に嫌われるのは嫌だった。


「あの、屋上に」

「そうなんだ。じゃあ屋上で食べようよ」

「うん」

 ダストもついてこようとしたが、桜はそれを制した。


「ちゃんと仲直りしたいから、ついてこないで」

「いや、でも」

「邪魔しないで」

 強く言うと、ダストは黙った。


「桜、早く〜!」

「ごめ〜ん」

 杏奈を追いかける。

 屋上へと繋がる階段を登る。


「あっ、いけない。鍵、借りてくるの忘れちゃった!」

 鍵は毎回テニス部の部長に借りている。

 杏奈と話すのが楽しくて、うっかりそのまま来てしまった。


 しかし、鍵を開けていないにもかかわらず、杏奈は扉を開けた。

「え?」

 杏奈が桜の手を引く。

 桜は屋上へと押し出された。


「ナル!」

 テニスコートの中央に、ナルが立っている。

 春の突風が、ひとつに結んだ銀髪を揺らす。


「やっぱりあなたの仕業だったのね!」

 桜が叫ぶと、ナルは肩をすくめた。

 ふっと姿が消え、ガチャリという音がする。


 振り返ると、屋上と校舎を繋ぐ扉をナルが閉めている。


 ナルが振り返る。

 その目の前に、杏奈がいる。


 ナルは杏奈の肩に腕を回した。

 それは抱きしめているようであり、人質にとったようでもあった。


 杏奈の瞳は色を失っていた。

 ナルに抱きしめられても、眉ひとつ動かさない。


「杏奈から手を離しなさいよ!」

 ナルは杏奈の顔に頬を寄せた。


「そんなにこの女が大切ですか」

「当たり前じゃない!」

「でもこの女は君を憎んでいますよ」

 桜は言葉に詰まった。


「大事なことを何も教えてくれない。そう思っています。何を考え、どう思っているのか、そればかり気にしています」

「杏奈が?」


「昼休みになると、君はいつもどこかへ消えてしまう。その間、この女はどうしていたのでしょう」

 桜は息をのんだ。


 聖寵学園は幼稚園からの一貫校だが、学年が上がるごとに人数は増えていく。

 小学校、中学校と進むごとに外部生は増えていき、高校にもなるとその人数は膨大だ。


 幼稚園から生粋の聖寵出身者など、高校の中では僅かなものだ。

 桜と杏奈は、その僅かな仲間だった。


 高校三年生になり、杏奈と同じクラスになった時は嬉しかった。

 だから休み時間はいつも杏奈と過ごした。


 しかし昼休みだけは杏奈を避けていた。

 昼食代がなかったからだ。


 桜がいなくなって、杏奈は誰と食べていたのだろう。

 逃げ回るのに必死で、杏奈が誰とどう過ごしているかなど、考えてもいなかった。


「昼休み以外は君とべったり一緒にいるこの女を、他の女子は快く迎えてくれたでしょうか」

「杏奈……」


 ナルは杏奈の頬をするりとなでた。


 丸みを帯びた柔らかな白い頬。とても女の子らしいラインをしている。

 シャープな顔立ちをした桜とは、全く違う。


 姿形だけでない。性格も全然違う。

 桜は物事をハキハキと言うタイプだし、思ったことがすぐ口から出る。

 正しいことは正しいし、間違っていることは間違っている。

 それを主張するのは当然のことだと思っている。


 しかし杏奈は違った。

 なにが正しいとか間違っているとかは二の次で、大事なのは相手の気持ちだ。

 相手を傷つけるくらいなら自分が我慢した方がいいし、我慢していることを表にも出さない。

 そっと後ろから見守る優しさを持った女の子だ。


 杏奈のそういった優しさをよく知っているはずなのに、そのことを忘れていた。


「杏奈。私に言いたいことがあるなら言って。私、杏奈の気持ち全然考えてなかった。自分のことでいっぱいいっぱいだった。杏奈、ごめん!」


 杏奈に訴えかける。

 しかしナルに操られているのか、杏奈の表情は動かなかった。


「ナル、杏奈を元に戻しなさいよ!」

 頬をなでるナルの手が首まで下がる。

 形の良いキレイな手に、ぐっと力が入るのがわかった。

 首を絞められても杏奈は表情を変えなかった。


「いいですよ。ただし、わかっていますね」

 ナルが挑発する。

「ダストを諦めろっていうの?」

 ナルは微笑んだ。

 天使のように美しい笑みだ。


「正解です」

「あなたにとって、ダストって一体何なの⁉︎ そこまでして手に入れなくちゃいけないものなの⁉︎」


「君に何がわかる」

 美しいナルの眉間に皺がよった。


「君は自分が孤独だと思っている。しかし君は本当の孤独を知らない。君は何もわかっていない」

「どういうこと?」


「君は──」

 そう言った時、ナルは杏奈を突き飛ばした。

 なすすべも無く、杏奈が吹き飛ばされる。


「杏奈!」

 しかし突然出現したダストが受け止める。


「直接ナルが仕掛けてきた時は、助けていいんだろ?」

 ダストが静かに杏奈を地面に降ろす。

 桜は杏奈に駆け寄った。


「うん、ありがとう」

 桜が頷くと、ダストは両手と両足を開いた。


「次に何かしたら許さないと言ったはずだ」

「桜には何もしていませんよ」

 ナルは悪びれなく言った。


「屁理屈は結構だ」

 ダストが走り出す。

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