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嘘つき

 ドアを開けたら、教室が一瞬で静まりかえった。

 それまでお喋りに夢中になっていたクラスメイトが、貝になったかのように押し黙る。


「ん? なに?」

 桜が戸惑う。

 常人離れしたダストの耳は、それまでのクラスメイトの会話を聞き取っていた。


「鳴川先生のアプローチしてる人って、暁月さんのことかな?」

「絶対そうだよ。だって気になるって言ってたし。暁月さんのことすごい見てたし」


「手も握ってたよね」

「手どころか、肩抱いてたじゃん」

「やだぁ、その言い方やらしい〜!」


「ねぇ知ってる? 暁月さんって、相川くんとも抱き合ってたらしいよ」

「え? 相川くんって、真鍋さんと付き合ってるんじゃないの?」

「それが、付き合ってないらしいよ」

「そうなんだ。てっきり付き合ってると思ってた」


「だからほら。真鍋さん、暁月さんのことすごい避けてるし」

「てことは、友達の好きな人を横取り?」

「略奪⁉︎ 怖っ!」

「室井さんのことも叩いてたよね」

「あれなんなの?」

「知らない。けど怖いよね〜」


 そうなると、根も葉もない噂が飛び交った。


「暁月さんって、すっごい遊んでるらしいよ」

「遊んでるって?」

「取っ替え引っ替え的な?」

「やだ怖い〜!」

「クラスの男子も狙ってるらしいよ」

「見るからに遊んでそうだもんね」


 ダストは鞄を置くと『遊んでそうだもんね』と言った子の所へ向かった。


「な、なに?」

 突然近寄ってきたダストに、クラスメイトが怯える。


「桜は遊んでなどいない。学校が終わるとすぐ仕事に行って、帰ったらうぐぅっ!」

 桜がダストの口をふさぐ。


「話してる途中にごめんねぇー!」

 そのまま教室の外へ引きずっていく。


「ちょっと、なに言ってんのよ!」

「あいつらが、事実無根のことを言っていたからだ」


 教室内で囁かれていた内容を説明する。


「だから訂正しようとしただけだ」

「あ〜はいはい。わかった」

 いきりたつダストを手で制する。


「そんなことになってたのか。なんか変な雰囲気だとは思ったのよ……」

「そうだ。だから俺は」

「うん、わかった。ありがと。でもバイトのことは秘密なの」

「秘密?」


「うちの学校、バイト禁止なの。表向き、私は伯母さんたちと暮らしてるでしょ? 生活費のためって理由は通らないのよ。だから内緒で働いてるの」

「そうなのか」


 桜が前髪をかきあげる。

「あ〜まずいな」

「すまない」

「いいよ。知らなかったんだし」

「記憶を操作するか?」


 少し考える。

 本当は、そういうことは、あまりしない方がいいのだろうが──


「そうだね。さっきのバイト発言はなかったことにした方がいいね」

「ナルや相川のことはどうする」


「どんな噂が広がってるかわからないから、変に修正しない方がいいかも。このままにしておこう」


「しかし」

 ダストが不服そうにする。

「桜が悪く言われるのは我慢ならない」


 桜は笑うと、背伸びをしてダストの頭をくしゃっとなでた。

「ありがと。でもいいのよ」

「桜がそう言うなら……」

 ダストはなでられた部分を触るとうなずいた。


「ただやっぱり杏奈とは仲直りしたいな。恭平くんとのことが噂になってるなら、絶対誤解してるだろうし」

「そうか」


「ダストは何もしないでね。杏奈とは自分で仲直りしたい。ナルが杏奈に何かしてたとしても、元々杏奈が持ってた気持ちでしょう。それは私が解決したい」


「でもナルが直接なにかしてきたらどうする」

「その時は助けて。勝手でごめん」

「いや、その方が俺も助かる」

「どういうこと?」


 ダストは桜の頭に手をのせた。

「何もできない方が辛いということだ」

「そっか。ありがと」


 桜は昼休みになるのを待った。

 ちゃんと話をしたかったので、途中で時間切れになるのが嫌だった。

 昼休みになり、すぐに杏奈が教室から出たので、丁度良いとばかりに追いかける。


「杏奈、ちょっといい?」

 話しかけると杏奈はぷいっと顔をそむけた。

「お願い、話を聞いて」

 にらみつけるように杏奈が桜を見上げる。


「杏奈、ごめんね」

「なにが」

「私に不満があったんでしょう?」

「どうして?」

「だって、怒ってるじゃない」

「じゃあどうして怒ってるかわかる?」


 杏奈が桜のことを無視し始めたのは、昨日の昼休みが終わってからだ。


「お弁当、いつも私のために作ってくれてたんだってね。ごめん、知らなくて。でも私もね」

「誰に……」

 杏奈が小さな声で言った。


「え? 何?」

「誰に聞いたの」

「何を?」

「お弁当、毎日作ってたって」

「あ、それは恭平くんから。そうだ。恭平くんのこともね」

 杏奈がきっと顔を上げる。


「最っ低!」

「え?」

「私が恭平のこと好きって知ってて、そういうことする?」

「えっと」


「私、知ってるのよ。桜と恭平が抱き合ってたこと」

「うん。だからそれはね」

「恭平のこと好きなら好きってはっきり言えばいいじゃない」


「いや、だから」

「どうして言ってくれないのよ!」

「杏奈、落ち着いて。私、恭平くんのこと別に好きじゃないから」


「はぁ?」

「いい人だと思うよ。でも好きとかそういうのじゃないの」


 杏奈は何も言わなかった。

 しかし桜を見る目は険しかった。


「ほんとだよ。だから、杏奈と恭平くんのことは応援してるし」

「嘘つき」

「え?」


「桜の嘘つき」

「私、嘘なんて」

「どうして本当のこと言ってくれないの」

「本当よ。私に好きな人なんていない」


 バチンと音がした。

 目が眩み、そのあとに頬に痛みがはしった。

 杏奈が目にいっぱいの涙を溜めている。


「桜のバカ!」

 杏奈が去っていく。

 桜は頬を触った。

 鈍い痛みがはしる。

 ようやく頬を打れたのだとわかった。


「杏奈……」

 本当の気持ちを言ったつもりだ。

 しかし余計に杏奈を怒らせてしまったらしい。


「好きな人なんていない。私は、恋愛なんてしちゃいけないから……」

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