注目
絵梨花を保健室まで運び、教室に戻る。
杏奈の姿を見つけ、桜は駆け寄った。
「杏奈、さっきはごめんね」
杏奈は桜のことを見たが、ふいと視線をそらした。
「有香ちゃん待って。私も一緒に行くよ」
杏奈は桜を無視すると、クラスメイトの室井有香の元へ走った。
杏奈と有香が教室から出て行く。
「杏奈?」
「俺たちも移動した方がいいのではないか?」
ダストが言う。
「え?」
「次は体育だろう」
「あ、そっか」
桜は杏奈の去った方を見た。
「ねぇ、今の……」
杏奈とは幼稚園からの付き合いだ。
互いのことはよくわかっている。
しかしさっきの杏奈の態度。
あれはいつもの杏奈ではない。
「またナルの仕業かもな」
「そう思う?」
そしてため息をつく。
「ナルの仕業だったとしても、元々杏奈がもっている気持ちなのよね……」
ナルは直接関与しないと言っていた。
「私、杏奈にも嫌われることしてたのかな……」
しょんぼりとうつむく。
「桜、すまない」
「あ! 違う違う! 気のせいかもしれないし! 行こう、授業に遅れる」
ロッカーへ行き、体操服を取る。
「更衣室わかる?」
「ああ」
「体操服は?」
「問題ない」
「更衣室で変身しちゃダメよ。見られないようにトイレとかでしてよ」
「わかってる」
「女子と男子じゃ体育の授業は別なんだけど」
「知ってる」
「そっか。なら行こう」
更衣室に移動する。
すでに体操服に着替えた杏奈がいた。
桜は話しかけようとしたが、杏奈は目をそらした。
「有香ちゃん、行こう」
杏奈が有香の手を引き、更衣室から出て行く。
桜はもそもそと着替え始めた。
ぐずぐずしていたので遅くなった。
体育館に行くと、生徒たちは整列していた。
「はい、ペアを組んでストレッチしてー!」
体育教師が大声で言う。
桜は誰と組もうか困ってしまった。
いつもは杏奈と組んでいる。
しかし杏奈はすでに有香と組んでいた。
それ以外もすでにペアができている。
(先生に頼もうかしら)
そう思い、先生の方を向いた時だった。
「すみません、遅れました」
体操服に着替えた絵梨花が走ってくる。
「早くペアになって」
体育教師は余っている桜を見た。
(うっ……)
気後れしたが、絵梨花はすたすたと桜の元に来た。
(覚えてないのかな? もしかして、ダストが記憶を操作してくれたのかな)
桜と絵梨花は互いに肩を組み、ストレッチを始めた。
「謝らないからね」
絵梨花が言う。
「え?」
「さっきのことよ。別に、悪いと思ってないから。本心だから」
「うん……」
絵梨花はしっかりと覚えていたようだ。
桜はちょっとがっくりきた。
体育が終わり、更衣室へ入る。
すると桜が来た瞬間、更衣室の中がざわっとした。
「え、なに?」
不審に思いながらもロッカーまで進む。
すると、桜の制服がびしょびしょに濡れている。
茶色い液体が滴り落ち、コーヒーの香りがする。
「なにこれ⁉︎」
桜は驚いた。
ぱっと振り返るが、誰もが視線をそらす。
桜のことを無視して着替えている。
(これもナルのせい?)
制服を持ち、更衣室を後にする。
水道で制服をすすぐ。
(誰がやったんだろう……)
桜はぼんやりと考えた。
(もしかして……)
杏奈の顔が脳裏に浮かぶ。
桜は頭を振った。
(違う違う! 杏奈がこんなことするはずない!)
そう強く否定しているのに、杏奈の顔が脳裏から離れない。
その想いを打ち消すように、桜は懸命に制服をすすいだ。
「貸してみろ」
突然、桜の手から制服が奪われる。
「ダスト……」
「そんなに擦ると生地が痛むぞ。制服は高いのだろう」
ダストの大きな手がぎゅっと制服を絞る。
コーヒーの染みはとっくに消えていた。
ダストの手が一瞬光り、制服は綺麗に乾いた状態へと戻った。
「ほら」
「ありがと。着替えてくる」
更衣室まで移動する時間はもうない。
今日の授業はもう終わりだ。
ホームルームが始まってしまう。
トイレで着替えをすませ、急いで教室に戻る。
「すみません、遅れました」
中に入ると、教壇にはナルが立っていた。
桜は黙礼し、自分の席にむかった。
座ろうとすると、その手が止められた。
ナルが桜の手を握っている。
「理由は?」
「すみません。気分が悪くて」
「保健室へ行かなくていいの?」
「はい」
ナルが顔を寄せる。
唇が頬に触れそうだ。
「一緒に行ってあげようか?」
反射的に顔が赤くなる。
「大丈夫です! もう帰るだけだから!」
ナルがふっと笑う。
「そう。それならいいんだけど」
桜はもういいだろうと思ったが、ナルが手を離さない。
「まだなにか?」
「いいえ、なにも。ただ心配しただけです。暁月さんのことは気になりますから」
教室中がざわっとする。
意味ありげな視線が交わされ、小さな声がひそひそと聞こえた。
ナルが手を離し、教壇に向かう。
桜は席につき、あえて姿勢を正して黒板を見つめた。