惨め
昼休みになり、桜は慌てていた。
今日はまだ、屋上の鍵を借りられていない。
部長の元へ行こうと席を立ったが、それより先に杏奈に捕まってしまった。
「桜、一緒に食べよう」
「えっと……」
「大丈夫。桜の分も作ってきたから」
杏奈が屈託のない笑みを浮かべる。
「そうなんだ。ありがと……」
桜はなんとも言えない気持ちになった。
杏奈がサブバッグから弁当箱を取り出す。
桜は笑顔を浮かべ、それを受け取ろうとした。
しかしその手が横に引かれる。
「行くぞ」
ダストが桜の手を引いている。
「え? ダスト? ちょっと」
戸惑う桜を気にもとめず、ダストがずんずん進む。
「ごめん、杏奈。また今度!」
ダストに引きずられ、桜は教室から出て行った。
「えー! またぁ?」
杏奈は口を尖らせた。
その隣に恭平が立つ。
「お前もいい加減懲りろよ。絶対嫌がられてるって」
「わかってるけど……」
杏奈は弁当箱を握りしめた。
「じゃあ他に何ができるのよ……」
恭平が杏奈にむかって手を差し出す。
「ん」
「なに?」
「弁当。余ったんだろ? 食ってやるよ」
杏奈は恭平の手をはたいた。
一方その頃。
桜はダストに手を引かれ、廊下を歩いていた。
「ちょっと、ダスト。せっかく杏奈が誘ってくれたのに」
「だが嫌だったのだろう?」
桜が驚く。
「どうして? また遺伝子の情報?」
「さっき桜の体液を摂取したか?」
「してない」
「では違うに決まっているだろう」
「じゃあどうしてわかるのよ」
「顔を見ればわかる」
桜は思わず自分の顔を触った。
「笑えてなかった?」
「笑っていたぞ。見た目はな。だがすぐにわかる」
「そう……。杏奈も、わかったかな……」
ダストが不愉快そうにする。
「それは知らん。嫌ならなぜ断らない」
「断ったよ。何回も」
「なぜもっと強く断らない」
「言えないよ。杏奈に悪気はないだろうし」
「断っているのに何度も押し付けてくるのであれば、嫌がらせと同じだぞ」
「はっきりと断ったことはないのよ」
ダイエット中だからと言ったり、屋上に逃げたりしただけだ。
「なぜ」
「だって、たぶん、私の僻みだろうし……」
杏奈に悪気はない。
桜のことを想っているだけだ。
頭の中ではわかっている。
しかし素直に好意を受け取ることができない。
施しを受けるような気になるのだ。
お昼ご飯代もない貧乏で可哀想な桜。
杏奈がそんなこと思うわけがない。
何度自分に言い聞かせても、そう思われている気がしてしまう。
「僻みだろうとなんだろうと、嫌なら嫌と言えばいい」
桜はダストの手を振り払った。
「惨めになるからやめて下さいって。そう言えっていうの? そんなの、余計惨めになるじゃない!」
ダストは振り払われた手を見た。
「惨めに? なぜ?」
「なるのよ、私は」
「なぜ惨めになる。桜が惨めになる必要などない」
惨め惨めと連発され、桜の神経が逆撫でられる。
「ダストに、私の気持ちなんてわからないよ!」
桜はダストに背を向け走り去った。