ドッペルゲンガー?
眩いばかりの閃光に、目が眩む。
光が収まり目を開けると、見覚えのある人物が立っていた。
見覚えがあるなんてものじゃない。
その人物は、桜を押し倒している人物と瓜二つ。全く同じだった。
「日向がふたり?」
半端に伸びた茶色の髪。
痩せた華奢な体。
春だというのに、青のダウンジャケットを着ているところまで同じだ。
「え? おれ?」
桜と、もうひとりの日向を、日向が交互に見る。
もうひとりの日向は、ゆっくりと近づいてきた。
「くっ、くるな!」
日向がナイフを突き付ける。
「ドッペルゲンガー? 嘘だろ⁉︎」
立ち上がり、二三歩後退する。
ナイフを向けられているというのに、もうひとりの日向は臆することなく近づいてくる。
「くるなっ! くるなって!」
日向がめちゃくちゃにナイフを振り回す。
もうひとりの日向は、ふっと手を上げると、ティッシュでもつまむようにナイフをつまんだ。
そんなに力を入れているように見えないのに、日向は動けなくなった。
もうひとりの日向が手を伸ばす。
顔に触れそうなところまで近づいて。
「うわあぁぁぁぁー!」
日向は叫びながら逃げ出した。
もうひとりの日向は、所在なげに残されたナイフを見つめた。
ナイフを放り出し、今度は桜に向かって歩きだす。
桜は体が自由になったことに安堵した。
しかし、日向の次は、日向の姿をした何か得体の知れないモノが近づいてくる。
「いや……」
先ほどまでは、突然の暴力に抗おうと必死だった。
しかし今は、体が恐怖に支配され、距離があるにもかかわらず、身動きもできない。
「来ないで……」
桜にできることは、イヤイヤと小さく首を振るだけ。
日向の姿をした何かは、どんどん近づいて来た。
目の前まで来ると、桜の前にしゃがみ、頬に触れる。
日向の姿をした何かは、驚いたようだ。
桜の瞳からこぼれた涙をなぞり、口に入れる。
その瞬間、一粒の涙から、一気に螺旋の情報が入ってくる。
日向の姿をした何かは、腕を下ろした。
「危害を加えるつもりはない。この姿が不快なら、姿を変えよう」
そう言うと、眩い光に包まれる。
光が消えたのち、そこにいたのは桜だった。
腰まで伸ばした長い黒髪。
キツそうな目元。
ツンと尖った細い顎。
制服も。
学校指定の白のソックスまで。
そっくりそのまま桜と同じだ。
「あ……」
桜は口をパクパクと動かした。
「これもダメか」
「あうあう」
悲鳴を上げることもできない。
処理能力が追いつかない。
「怯えることはない」
そう言うと、桜を抱きしめた。
「いやっ!」
桜は反射的に突き飛ばした。
しかし、相手は微動だにしなかった。
「だから、そう怯えるな」
「いやっ! 離して!」
怯えるなと言われ「はいそうですか」とはならない。
完全にパニックだ。
「暖かいな」
抱きしめられ、そうつぶやかれ、パニックは益々エスカレートした。
そこに、頼りない一筋の光が差した。
ガチャンガチャンと音がする。
公園の入り口に、自転車を停めた音だ。
「君たち、こんな時間に何をしている」
やって来たのは、制服を着た警官だった。