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副担と香水

 ピッタリと体にフィットする、真っ白な細身のスーツ。

 紫に輝く紫電の瞳。

 それと同じ色のシャツに、それより一段濃いネクタイ。


 胸にはシルバーのポケットチーフ。

 それと同じ色の長い髪を、ひとつにくくっている。

 無造作にくくっているように見えて、一分の隙もない。


 男とも女ともわからない、中性的な顔立ちは、恐ろしいほど整っている。

 古代の巨匠が彫り上げた、美術品のようだ。


 ナルは渡辺の後ろに佇んだ。


(な、なんだろう。物凄くデジャヴだ……)


 それはダストがやったことと同じだったからだが、混乱した桜はそのことに気づかなかった。


「今日から副担になる鳴川先生だ。今まで副担をしていた先生は……。あれ? どうだったかな?」


 すると、ナルが少し光った。

 渡辺はすぐに疑問を忘れてしまった。


「そう。鳴川先生だ。みんな仲良くするように」

 ナルはにっこり微笑んだ。

「鳴川です。みなさん、よろしく」

 すると女子から黄色い歓声が上がった。


 桜は隣の列に座るダストを見た。

 ダストは険しい顔をしていたが、桜の視線に気づくと安心させるようにうなずいた。


 一時間目は英語だ。

 桜はノートと教科書を机に出した。

 するとダストが桜に話しかける。


「桜、教科書がないぞ」

「あ、そっか。先生!」

 桜が手を挙げる。


「どうした、暁月」

「空野君に、教科書を見せてあげていいですか?」

「おう」

 渡辺はホームルームを終えると、教室から去った。


 桜がダストに手招きする。

「机こっちに持ってきなよ。見してあげる」


 心なしか嬉しそうにダストが机を動かす。

 桜はまわりに聞こえないよう、ダストの耳に顔を寄せた。


「ボタンみたいにどこかからぱっと出せないの?」

 以前、ダストは紛失したボタンを復元してみせた。


 ダストがくすぐったそうに身をよじる。

「桜、こそばいよ」

「あ、ごめん。じゃなくて、真剣に」


「桜が見せてくれたら問題ない」

「ずっと?」

「ああ」

「今は転校生だからいいけど、ずっとは変だよ」


「そうか?」

「そうだよ」

「楽しそうですね」

 ふたりの間に突然ナルの顔が割って入る。


「わわっ!」

「貴様!」

 ダストが立ち上がる。


「授業、始まっているのですが」

 ナルは教科書を片手に、反対の手にはチョークを持っていた。


「授業?」

 ダストが不思議そうな顔をする。


「聞いていなかったのですか? 今日から英語の授業は私が担当します。聞く気がないのなら、教室から出て行きなさい」


「すみません」

 桜は頭を下げた。

 私語をしていたのは桜たちだ。

 それに目立ちたくなかった。


「桜?」

「ダストも謝って」

「なぜ」

「なぜでも。いいから」


 手をやり無理やり頭を下げさせる。

 ナルは納得したようにうなずいた。


 ダストの腕を引く。

 不服そうな顔をしていたが、結局は大人しく座った。


 ナルはゆっくりと歩き、桜の後ろにまわった。

 そして桜の肩に手をのせる。

 ダストがまた反応しそうになったが、桜が首を振る。


(ち、近い!)

 ナルの顔が、桜の耳に触れそうなほど近づく。

「では暁月さん。先ほど言った箇所を読んで」


 桜は困ってしまった。

 聞いてなかった。

(どこからだっけ……)


 すると、前に座る恭平が体を横に動かした。

 机の上が見えるようになり、教科書の上に置かれた人差し指がポンポンと動く。


(あっ、ありがと!)

 桜は心の中で礼を言い、教科書を読み始めた。


 その後は特に問題もなく授業は進んだ。

 意外なことに、ナルの授業は普通だった。

 チャイムが鳴るとナルは教科書を閉じた。


「では今日はここまで。何か質問は?」

 絵梨花がさっと手を挙げる。

「先生! 先生は独身ですか?」

 女子たちの間できゃあっと歓声がする。


「結婚をしているかという意味でなら、していません」

「じゃあ付き合っている人はいますか?」

「恋愛関係にある人はいないね。でも、アプローチしている人ならいますよ」


 ナルは真っ直ぐに桜たちの方、正確にはダストを見た。

 更に女子がきゃあきゃあ騒ぐ。


 桜は視線を感じた。

 視線を辿ると、絵梨花がいる。

 憎々そうに桜を見ている。

(ひぃっ! なんか勘違いしてない?)


 ナルがトントンと教科書を重ねる。

「授業に関する質問がないならこれで」

 ナルが教室から出ていくと、教室の中は一気に騒がしくなった。


「絵梨花突っ込みすぎぃ〜!」

 絵梨花は「フンッ」と澄ました。

「だって気になるじゃない」

「まさか狙ってるの?」

「どうかしら。顔だけなら合格点だけど」

「もぅ、絵梨花ったら理想高いんだから」

 絵梨花を囲む派手なグループが笑う。


「この前の合コンもそうだよ。全然相手にしないんだから。男子涙目だったじゃん」

「あら。あの程度の男じゃ、私の相手は務まらないわ」

「でも西高だよ。レベル高かったのに」

「ねぇ」


 絵梨花が肩飛車な笑みを浮かべる。

「あなたたちには丁度良いかもね」

「そうそう。丁度良かったよ。だからまた誘って〜」


 絵梨花はつまらなさそうに髪をいじった。

「そうね。別にいいけど。それよりも」

 席を立ち、ダストの前まで歩いて来る。


「あなたはどうかしら?」

 その時ダストは、次の授業も教科書を見せろと桜に詰め寄っているところだった。


「ん?」

 ダストは一瞬絵梨花を見たが、すぐに桜の方を向いた。


「だから、教科書がないのは問題だ。桜が見してくれないと困る」

「教科書なんてなくてもダストは困らないじゃない。それよりほら」

 桜は絵梨花を指差した。


 ダストは面倒臭そうに絵梨花を見た。

「なに?」

 絵梨花の頬が少し引きつる。

「今日の放課後、一緒に遊ばない?」

 絵梨花のいるグループがまた騒ぐ。

 遠くから「絵梨花積極的〜!」などと囃し立てている。


 しかしダストの返事は端的だった。

「断る」

 そしてすぐに桜に詰め寄る。


「とても困るぞ。教科書を読めと言われたらどうする」

「次は数学だからそんなことないよ。それよりダスト」

 桜は絵梨花をそっと見た。

 腕を組んで仁王立ちになっている。


「とても感じの良いお店があるの。パパのお友達が経営しているのよ。普通なら予約なしには入れないけど、私なら大丈夫。一緒にどうかしら?」


 肩にかかる髪をふぁさぁと払う。

 すると風に乗って、何かの香料が漂ってきた。

 桜はよく知らないが、どこか有名なブランドの香水だろう。


「いや、いらない」

 ダストが即答する。

 絵梨花のこめかみが引きつる。


「それより桜。問題を解いてみろと言われたらどうする。教科書がないと──」


 ダストの言葉を遮るように、絵梨花が大きな声をだす。

「お金のことなら心配ないわ! 私が一緒なのだから!」


 ダストはようやく、絵梨花の方をちゃんと見た。

「うるさい」

 ダストの一言で、絵梨花はぴしっと音を立てて固まった。


「俺は桜と話している。お前と話す気はない」

 絵梨花の硬直が痙攣へと変わる。


「な、な、な……!」

「あとお前。臭いぞ。香水のつけすぎだ」

「なんですって!」

 絵梨花が金切り声を上げる。

 しかし何人かの男子生徒がうんうんとうなずいた。


「さっさと失せろ」

 ダストが言うと、絵梨花は数歩たじろいだ。

 そして顔を真っ赤にし、教室から飛び出す。


 桜は「あちゃ〜」と額に手を当てた。


「ダスト、まずいよ」

 桜はダストの肩を持った。

 桜に触れられ、ダストが嬉しそうな顔をする。


「何がだ?」

「絵梨花だよ。お家がすっごいお金持ちで、学校にもたくさん寄付とかしてるから、先生も絵梨花の言いなりなの」

「だから?」

「絵梨花を怒らすと、とってもとってもややこしいのよ」


 しかし前に座る恭平が「ぶふっ!」と吹き出した。

 席に座ったまま振り返る。


「あんた、いいね」

「そうか?」

「いつか言ってやろうと思ってたんだ」

「そうか」


 目立たないようそろりそろりと近づいてきた杏奈が、桜の袖を引く。

 こっそりとダストを指を差し

「ヤバイ系の人?」

 と尋ねた。


 桜は苦笑した。

「大丈夫だよ。ちょっとその、人見知りというか、世間知らずというか。そんな感じなだけだから」

「桜のいとこ?」

「うん」

「あの人の?」


『あの人』とは、伯母のことを指しているのだろう。杏奈は桜の事情を知っている。


「ううん、それとは別」

「そっか。困ったことになってない?」

「え?」

 桜はドキリとした。


「何かあったら言ってよ。力になりたいの」

 桜は微笑んだ。

「ありがと、杏奈」

 そこでチャイムが鳴ったので、杏奈は自分の席に戻った。

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