転校生
桜はダストのネクタイを正した。
「大事なのは目立たないこと。なるべく空気みたいに過ごすこと」
「わかった」
「勝手な言動は厳禁。わからないことがあったらすぐに私に聞く。学校での滞在時間はできるだけ短く。ギリギリに登校して、授業が終わったらすぐに帰る。とにかく、絶対、目立たないこと」
「わかってる」
「本当に大丈夫なの? その『記憶の操作』ってやつ」
ダストには人間にない様々な能力が備わっている。
その中のひとつが、人の記憶を操作することだ。
ダストは学校中の人間に『空野大斗』という転校生が来ることをインプットした。
「ああ。問題ない」
「本当は転校生じゃないほうが目立ないんだけど……」
「それだと植え付ける情報が多く必要になるぞ」
「わかってる」
予鈴の音を聞き、桜は覚悟を決めたように顔を上げた。
「よし、行こう」
ダストが机を抱える。
多目的室から運んできたのだ。
桜とダストはなるべくひっそりと教室に入った。
つもりだった。
教室に足を踏み入れた途端、ダストは女子に囲まれた。
「ねぇねぇ、空野くんてどこから来たの?」
「この時期に転校って珍しいよね」
「どのあたりに住んでるの?」
「好きな食べ物は?」
「血液型は?」
「大斗って変わった名前だよね。ハーフ?」
ダストは無表情のまま固まった。
おそらくどう反応していいかわからないのだろう。
「あ、あの〜。みんな、ごめんね」
なるべく女子を刺激しないよう、桜はそっと割り込んだ。
「彼、あまり女の子に慣れてなくて」
ダストの袖をつかむ。
「ごめんね」
そう言って、じりじりと自分の席へ移動しようとする。
しかし、目の前の女子が行手をはばんだ。
「ちょっと、待ちなさいよ」
その女子の顔を見た途端、桜は心の中で
(げぇっ!)
と叫んだ。
桜の前に立ち塞がっているのは木之下絵梨花。
染めている訳でもないのに髪の色が明るい。
祖母が外国人とかで、西洋的な顔をしている。
桜が辞めてしまうまでは、桜と絵梨花は同じテニス部だった。
「あなたたち、一体どういう関係?」
腰に手を当て、高飛車に問いただす。
桜は絵梨花のことが苦手だ。
絵梨花はお金持ちで、自信家で、自分の思った通りに物事が進むのが当然だと思っている。
ふたりは幼稚園の頃からの付き合いだ。
絵梨花のワガママに振り回されたのは、一度や二度でない。
「え〜っと、いとこなの」
桜はあらかじめ決めていたことを言った。
「いとこ?」
「家庭の事情でね。春からうちに来ることになったの。ちょっと病気で遅れちゃったのよ」
家庭の事情、更には病気と言われ、それ以上根掘り葉掘り聞いてくる人は少ない。
普通ならば。
しかし絵梨花は違った。
「家庭の事情って?」
周りを囲む他の女子が驚いた顔をする。
しかし止める者はいない。
それどころか、よく聞いたと言わんばかりに好奇心で顔を輝かせている。
「それはその……」
桜は困った。
一応、両親の離婚とか、家の改築とか、それっぽいことは考えていた。
しかし嘘は少ないに越したことはない。
ぼんやりとスルーできればいいなと思っていた。
「えーっと」
困った桜を見て、ダストが口を開こうとする。
(やばいっ!)
ダストが余計なことを言う前に、桜がなんとかしなければ。
桜はそう思い、なんでもいいから出任せを言おうとした。
その時、女子の後ろから声がした。
「お前らなぁ。いい加減にしろよ」
相川恭平だ。
「邪魔なんだよ。どけどけ」
恭平の席は教室の左側。
入り口から最も奥にある。
席につくには教卓の前を通る必要があった。
恭平が群がる女子をかきわける。
わらわらと女子が散る。
しかし絵梨花は退かなかった。
「邪魔なのはあなたよ。わざわざここを通らなくても席にはつけるでしょう」
「お前らのために、なんで俺が遠回りしなきゃなんねぇんだよ」
恭平が絵梨花を押しのける。
「ちょっと!」
絵梨花が更に文句を言うとした時、本鈴が鳴った。
「私たちも座ろう」
桜の席は恭平の後ろだ。
恭平に続いて教室を進む。
「あ、ごめんね。後ろにずれてくれるかな?」
桜にそう言われ、隣の席の高井が不満そうにする。
しかしダストがぴこっと光ると大人しく後ろにずれてくれた。
桜の隣に机を置き、ダストが満足そうに座る。
桜も「第一関門突破ね」などと思いながら、席についた。
教室の扉が開き、担任の渡辺が入ってくる。
その後に続いた人物を見て、桜は飛び上がった。
(な、なんだろう。物凄くデジャヴだ……)
渡辺の後に続いたのは、ナルだった。




