お隣
桜は喫茶店で働いている。
働いている間、ダストには建物のすぐ隣で待機してもらった。
ダストは一緒に働きたいとごねたが、ややこしそうなので断った。
バイトを終え、とっぷりと日の暮れた道を歩き、アパートに戻る。
すると、桜の部屋の、隣室の扉が開いた。
「あれ? 隣、越してきたんだ」
そこは空室だったはずだ。
扉から、ひとりの人物が顔を出す。
真っ白なスーツ。
瞳の色と同じ、紫のドレスシャツに、それより一段濃いネクタイ。
シルバーのポケットチーフに、シルバーの長い髪。
無造作にくくっているように見えて、一分の隙もない。
男とも女ともわからない、中性的な顔立ち。
人形のような、美しい顔。
「ナル⁉︎」
桜が叫ぶのと、ダストがかばうよう前に出たのは同時だった。
ナルは優雅に礼をした。
「こんばんは」
「何をしに来た」
ダストが威嚇する。
「私には、わからないのです。このちっぽけな、取るに足らない、なんの取り柄もない女のどこがいいのか」
桜がむっとする。
「ほっといてよ」
ナルはダストを見つめた。
「しかし君は、私よりこの女がいいと言った。全てを超越した、神に等しき力を持つ私より」
桜のことは無視しているようだ。
別にナルと話したくはないが、感じが悪い。
「どこからくるのよ。その自信は」
「事実です。そしてダスト、君もです。あなたは私と同じ、全てを超越した存在。その女とは全く別の生き物。それは否定することのできない事実です」
ダストが苦々しい顔をする。
「君がなぜこの女を選ぶのか。ゆっくり観察させてもらおうと思います」
「観察ってどうするのよ」
桜が問うと、ナルは見下したような顔をした。その表情は
『そんなこともわからないのか?』
そう物語っていた。
「まぁ、結果がわかるより、キミがその女に飽きる方が早いと思いますが。これからよろしく」
ナルが扉に手をかける。
「待て!」
ダストが後を追う。
桜も部屋を覗いた。
そこは大草原だった。
桜は驚いた。
顔を出し隣を見る。
いたって普通の、いつもの壁だ。その先に桜の部屋もある。
しかしもう一度中をのぞくと、果てしない大草原が広がっていた。
どこまでも遠く、広く続いている。
朝日だろうか。夕日だろうか。
どちらともとれない太陽が輝いている。
そよ風が葉を揺らし、銀色の光が輝く。
大草原の真ん中に、ナルが立っている。
大草原に佇むナルはとても美しかった。
美しい景色のはずなのに、どこか悲しくて寂しい。
「それでは」
遠くにいるはずのナルの声は、不思議とはっきり耳に届いた。
分厚い空気に押されるように、体が勝手に後ろに下がる。
ふたりが廊下に出ると、自然と扉が閉まった。
桜がダストの服の裾をつまむ。
「絶対に、そばから離れないでよ」
「ああ。もちろんだ」