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桜並木

 桜は膝を抱えていた。

 自分の部屋だ。

 わりと広い方だろう。


 お気に入りのぬいぐるみを並べたベッド。

 辞書の並んだライティングデスク。

 本棚には小説より漫画の方が多い。


 買ってもらったばかりのテニスラケット。

 地区大会で優勝したら、買ってもらう約束だった。


 ソファー代わりのビーズクッションに座り、膝を抱える。

 すると、コンコンと音がした。


「桜、いいかな?」

 父がノックをしたのだろう。

 聞こえたが、無視した。


「ごめん。お父さん知らなくて。お父さんのために作ってくれたんだって? ごめんよ」

 膝を抱え、ピクリとも動かない。


 随分経った。

 桜は父がもう行ったと思った。

 少しだけ足を伸ばす。

 足が痺れた。


「桜も一緒に食べよう?」


 ドキッとする。

(まだいたの?)

 それでも返事はしなかった。


「じゃあ、食べてくるね」

 スリッパのペタペタという音がする。

(やっと行った……)

 桜はその日、夕食もとらず、部屋に閉じこもっていた。


 翌日、明と幸恵はふたりで家を出た。

 事故に巻き込まれたのは、出発してすぐのことだった。




「もうすぐ一年かぁ」

 桜はぼんやりと空を見上げた。

 春らしいうっすらとした雲が浮かんでいる。


 すると、ダストが桜を抱きしめた。

「ちょっと、何よ」

「すまない」

「何が?」

「また桜の過去に無神経に触れた」

 桜が苦笑する。


「いいのよ。そんなに気にしてないから」

「でも、桜の一番の好物なのに、ずっと作っていないのだろう?」


 両親が亡くなり、自炊を余儀なくされた。

 一年も経てば技術は上がるようで、何でもそれなりに美味しく作れるようになった。


 しかしハンバーグはあれ以来作っていない。


「別に避けてたわけじゃないよ。ただなんとなく、作ろうと思えなかっただけで」

「それを避けているというのではないか?」

「あ、そうか」

「作らなくていい。さっきのは取り消させてくれ」


「う〜ん。でも、いつまでも避けるわけにはいかないしなぁ」

「ハンバーグを作らないぐらい、問題ないと思うぞ?」


「まぁそうなんだけど。でもやっぱりいつまでも作れないのも癪に触るし。そうだ、ダストが作り方教えてよ」


「教える?」

「だって、ダストはお母さんのハンバーグが作れるじゃない」

「あれは、桜の情報を元に作ったものだ。だから、桜にも作れるはずだ」


「まぁ、お母さんの作るところは見てたけど。覚えてないよ」

「意識して思い出すことができないだけで、体の隅々に記録されている」


「だから、意識して思い出せないから作れないのよ。思い出すより、ダストが教えてくれた方が早いじゃない」


「ん、むぅ。確かに。でも俺は桜の作った料理を食べたいのだが、俺が教えるということは──」

「それはまた今度、なんでも作ってあげるから!」

「それならば。いいぞ」

「よし、決まり!」


 桜は両手を広げて寝転んだ。

 弁当箱の中身はすっかり空だ。


「は〜落ち着く〜。こういう時間久しぶりだな」

 気持ち良さそうに目を閉じる。


「そうなのか?」

「お父さんとお母さんが死んじゃってから、ずっとバタバタしてたし。最近は働いてばっかりだから」

 手足を「ん〜っ」と伸ばす。


 その後。

 チューリップ畑を散策したり、子どもに混じって遊具で遊んだり。

 あっという間に時間は過ぎた。


 太陽がかげり、夕日に染まる。

 犬の散歩をする女性や、ジャポン玉を飛ばす少女の影が長くなる。


「そろそろ帰ろうか」

 バイトの時間が迫っている。


 レジャーシートを畳み、噴水のある広場を後にする。

 途中、桜の木が並ぶ小道にでた。


「桜が咲いていたら良かったんだけど。もう散っちゃったね」


 桜の木は花を落とし、木の葉のトンネルを作っている。

 重なり合う葉と葉の間から、オレンジ色に染まったおぼろ雲が見えた。


「桜?」

 イントネーションの違うダストに、桜は笑った。


「違う違う。私じゃなくて、花の桜」

 桜は大きな木の元へ行った。

 幹に触れる。


「この木が『桜』っていうの。春になるとピンクの花を咲かすのよ。短い期間しか咲かないけど、あたり一面ピンクに染まってとても綺麗なの」

 青々とした葉を茂らせる木を見上げる。


「毎年お花見に来てたんだ。花はもう散っちゃったけど、来れて良かった」

「じゃあ咲いている時にも来よう」

 桜は一瞬きょとんとした。

 だがすぐに満面の笑みを浮かべる。

「うん」


 ダストの元へ戻ろうとする。

 すると、ぴんっとスカートが引っ張られた。

「え? 何?」

 桜は振り返った。しかし何もない。


「下だ」

 ダストの言葉で視線を下にやると、小さな子どもがスカートを握っている。

 桜は視線の高さがあうようしゃがんだ。


「どうしたの?」

 桜の顔を見て、子どもが衝撃を受ける。


「ん?」

 安心させるつもりで微笑んだ。

 しかし子どもの顔がくしゅくしゅと歪む。


「ママぁ」

 ダストが子どもを見下ろす。

「子どもがいたのか?」

「そんなわけないでしょ!」

 三才くらいだろうか。

 可愛らしいほっぺたをもつ男の子だ。

 あたりに母親らしき人物はいない。


「お母さんとはぐれちゃった?」

「ママぁ」

「大丈夫だよ。お姉ちゃんが一緒に探してあげる。名前は?」

 子どもが唸りながら首を振る。


「年は?」

「ん〜」

「お母さんの名前わかる?」

「ん〜」

「弱ったなぁ」

「うえぇ〜」

「あ、泣かないで」


 子どもの喜びそうな物でも持っていないかと鞄をあさる。


「お弁当は食べちゃったし……」

 すると突然ダストが子どもを抱き上げた。


「いやぁ!」

 子どもが泣き叫ぶ。

「ちょっと、ダスト!」

 桜はダストの裾を引いた。

 しかしダストは知らん顔をしている。


「いいぞ。もっと泣け」

「ちょっと、何言ってるのよ!」

「ママぁー!」

 子どもがこの世の終わりのように泣き叫ぶ。

 すると遠くから、ひとりの女性が駆けてきた。


「まぁくん!」

 桜と同じようなチュールスカートをはいている。

 ダストは子どもを地面に降ろした。


「ママぁー!」

 子どもが一直線に女性の元へ走って行く。

 女性は子どもを受け止め抱きしめた。

「どこ行ってたのよ、心配したのよ!」

「ごめんなさい〜」


 桜はその様子を微笑ましく見つめた。

 視線に気づき、母親が頭を下げる。

「いいですよ」と伝えるつもりで手を振る。


 遅れて大きな荷物を抱えた父親がやって来た。

 父親に抱き上げられると、子どもはもう笑いだした。

 母親が呆れたように笑う。


 桜へ会釈をすると、三人は自然と寄り添い去って行った。


「近くにいて良かったな」

「うん。近くにいるってわかってたの?」

「いや。でもああやって子が泣けば、母親なら飛んでくると思って」


 ダストが桜の頭をなでる。

「桜が母親ならそうすると思った」

 桜の顔が赤くなる。


「桜は照れ屋だな」

「うるさいな」

 ダストの手をつかみ、頭から降ろす。

 そのまま手を繋いで歩いた。

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