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 桜は途方に暮れ、リビングへ行った。


「お母さん……」

 桜の泣きそうな声を聞き、母が振り向く。


「これ、どうしたらいい?」

 桜はフライパンを持って立っていた。

 中には大小不揃いの焼け焦げた肉の塊がある。


「あ、あらぁ。美味しそう」

「お世辞はいいよ。半生なの。どうすればいい?」

「そうねぇ」

 母は頬に手を当てた。


「これ以上焼いたらもっと焦げ……いえ焼きすぎ……硬くなっちゃうかもしれないし」

「気を使わなくても、焦げてるのはわかってるよ」


「レンジしてみたら? レンジでも加熱できるのよ」

「そっか! ありがとう!」

 素早くキッチンへ行く。


「耐熱皿に移してよ!」

「わかってるー!」

 言われた通り、耐熱皿に移す。

 レンジにかけ、しばし待つ。


 ピピーっという音がして、取り出す。


 耐熱皿の中には、だいぶ縮んだお肉があった。

 先ほどよりも、もっとぐずぐずに崩れている。


 しかも、スープのような、灰色とも茶色とも呼べぬ濁った汁が溢れている。


「どおしてー⁉︎」


 桜の悲鳴を聞き、母がキッチンにくる。

「あらぁ。玉ねぎとミンチの水分が出ちゃったのね」

「どういうこと?」

「玉ねぎ、炒めなかったでしょう?」

「ちゃんと焼いたよ」


「そうじゃなくて、こねる前によ。レシピ調べなかったの?」

「調べたよ。でも後で焼くなら、別にいいかと思って……」

「必要だから書いてあるのよ」


 母が箸を持ちハンバーグをつまむ。

 こねが足りなかったのだろう。

 ハンバーグはボロボロと崩れ、ただのかけらになった。


「どう?」

「ちょっと、薄いかな?」


 桜も味見する。

 調味料が足りなかったのか、ミンチが多過ぎたのか。

 なんとも言えないぼんやりとした味がした。


「濃いよりいいわよ。バーベキューソースかけたら美味しいと思う」

「そうかな?」

「お父さん、びっくりするわよ。桜の手料理なんて初めてだもの」

「そうだといいけど……」

「そうよ」


 しかし仕事から帰ってきた父は、テーブルを見るなり

「なんだこれ?」

 と、言った。


 桜は口をとがらせた。

「ハンバーグよ」


 父がネクタイを緩める。

「へぇ」

 父の返事はそっけない。


「桜が作ったのよ。頑張ったのよね」

 母が言う。

 すると父は、顔を引きつらせた。


「ふうん。これを食べさせられるやつは災難だな」


 桜はその言葉を聞くなり、キッチンから飛び出した。

「桜!」

 呼び止める母の声を無視して、自分の部屋に閉じこもる。



 飛び出した桜を見て、桜の母、幸恵はため息をついた。

 夫、つまり桜の父。明をにらむ。


「な、なんだよ」

 明が動揺する。

「あれ、あなたによ」


 明は目を丸くした。

「オレ⁉︎」

 幸恵がうなずく。


「そんな……。てっきり好きな奴にでも作ったのかと思って」

「バカねぇ。夕方からずっと格闘してたのに」

「だって、今まで料理なんてしたことないじゃないか」

「明日は留守番でしょ。ひとりでも大丈夫ってところを見せたかったんじゃない?」


「留守番? どういうことだ?」

「あら、言ってなかった? あの子、行かないって」


 幸恵はとぼけてみせた。

 本当はそんなこと、ひとことも言ってない。


「明日は姉さんのところに行くって言っただろう」

「その姉さんに会いたくないからでしょう」


 幸恵はちゃんと、桜の気持ちに気づいていた。


「気持ちわかるわぁ」

 明の姉、桜にとっては伯母に当たる人物。

 彼女はとても意地悪だ。

 元々は明と幸恵の結婚に反対していた。

 結婚した今でも認めていないらしい。


 幸恵に意地悪をするのは我慢できるが、その矛先は桜にも向いている。

 義母が生きているうちは防波堤になってくれたが、義母はもう亡い。


「毎度毎度、よくあそこまで嫌味が言えるわよね」

「いや、それは。すまないと思ってるけど」

「私はいいのよ。でも桜にまでねぇ。あの苦行を強いるのはねぇ」


 明は苦り切った顔をした。

 幸恵は無言のまま明を見た。


「とりあえず、謝ってくる……」

 明が桜の部屋へ向かう。


(あ〜あ。肩落としちゃって)

 沈んだ背中を見て、幸恵は苦笑した。

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