ハンバーグ
春の日差しが降り注ぐ公園で、桜は一年前のことを思い出した。
「ハンバーグ、前に一度だけ作ったことあるんだ。去年のちょうど今頃──」
「よし、作るぞ」
桜は腕まくりをした。
「あら、何するの?」
桜の母が尋ねる。
「ハンバーグ。作るの」
「ハンバーグ?」
「そう」
買ってきたばかりの食材を、テーブルの上に並べる。
「ハンバーグよね?」
「そうよ」
「何人前作るつもり?」
「もちろん三人前よ」
桜たちは三人家族だ。
「料理なんて普段しないくせに。どういう風の吹きまわし?」
桜はへへっと笑った。
「私ひとりでも、ちゃんとできるところを見せようかと思って」
明日から、父の実家に行くことになっている。
しかし桜は行きたくない。
ひとりで留守番したいのだ。
そんなことを言うと、父は絶対に反対する。
でも、ひとりでも料理ができることを証明すれば、もしかしたら許してもらえるかもしれない。
そう思い、夕食を作ることにした。
メニューは桜の一番好きなハンバーグだ。
鼻歌混じりに玉ねぎを刻む。
「くぅ〜。玉ねぎって、刻むと本当に涙が出るのね」
目をこする。
しかしその手には、玉ねぎの汁がたっぷりついている。
「うわぁ! 余計痛い!」
「もう、なにしてるの」
母がティシュを差し出す。
「手伝うわ」
「いいの。お母さんがやったら意味ないの。今日は楽してて」
「楽ねぇ。私が作った方が早いけど」
「そんなこと言わずに。えーっと、次はパン粉か」
ザラザラと、ボールにパン粉を入れる。
「ちょっと、それみじん切りのつもり? もっと小さく刻まないと。それに、パン粉もちゃんと計って」
「うるさいなぁ。最初から上手く作れるはずないじゃん。お母さんはあっち行ってて。できたら呼ぶから」
母をリビングへ押しやる。
「あと牛乳と、ニンニクと、塩コショウと……」
次々とボールに投入する。
もちろん、計量などしていない。
「それから、ハンバーグといえばこれ! お肉ぅ〜!」
誰もいないキッチンで、ミンチを掲げる。
高級国産牛肉百パーセント。
桜のお小遣いで買った。
「いいお肉買ったんだもん。美味しいぞ〜!」
うきうきとミンチをこねる。
丸めて、フライパンにべちゃっと乗せる。
「意外と簡単じゃない」
コンロに火をかける。
じゅうじゅうという美味しそうな音。
「ん〜! いい匂い!」
フライ返しを差し込む。
まだ固まっていないようだ。上の方がふるふるしている。
「もうちょっとか。あ〜、早く食べたいなぁ」
もう一度差し込む。
「まだ緩いか。あ、蓋か。蓋をして蒸し焼き〜!」
じゅうじゅうという音が、ぱちっぱちっという音に変わる。
蓋に水滴がついて、中がよく見えない。
「もういいかな?」
蓋を開ける。
途端に、白い煙がもぁっと出る。
「おぅ、いい匂い」
フライ返しを入れると、今度は固まったようだ。
ひっくり返す。
「えーっ! どうしてー!」
真っ黒に焦げている。
「火が強かったのかなぁ」
火力を一番弱くする。
フライ返しでお肉をつつく。
すると、ぐずぐずと真ん中で割れてきた。
「えっ、ちょっと、そんなところで割れないでよ!」
みじん切りが荒かったのか、こねが足りなかったのか、玉ねぎとお肉が一体化していない。
ぼろぼろとくずれていく。
「そんな、これ、どうしたら!」