ずっと一緒
桜は混乱していた。
ブリザードの吹き荒れる荒野にいたはずだ。
しかし今は自分の部屋にいる。
何が起きたかよくわからなかったが、ダストが助けてくれたようだ。
「ダスト。ありがとう」
そう言うと、ダストは目をつぶって首を振った。
ポロポロと涙がこぼれる。
「ごめん……」
「どうしてダストが謝るの。ダストのせいじゃないわ」
しかしダストは首を振るばかりだ。
「ねぇ、寒いわ。お風呂のお湯ためてくれない?」
「お湯だな。わかった」
桜をラグの上に寝かせ、ダストはユニットバスへとむかった。
いつもはシャワーだけで済ませているが、お金のことを気にしている場合ではなさそうだ。
しばらくしてお湯がたまると、桜はゆっくりとバスタブに浸かった。
冷え切っていた体が痺れる。
やがて収縮した筋肉がほぐれ、桜はほっと息をついた。
「おまたせ」
濡れた髪を拭きながら部屋へもどると、ダストは正座して待っていた。
「そこに座って」
ダストはドライヤーを握りしめていた。
言われた通り向かいに座ると、ダストは桜の髪を乾かしはじめた。
「この前と逆ね」
「ああ」
ドライヤーの音が響く。
「ねぇ、どうしてこっち見てくれないの?」
ダストの手が止まる。
桜はドライヤーを取り上げた。
髪はほとんど乾いている。
ダストの口がパクパク動く。
しかし声が小さ過ぎて聞こえない。
「ん?」
桜はダストの顔を覗き込んだ。
「ここを……」
ダストの顔がくしゃりと歪む。
「出て行く」
「どうして?」
「俺のせいだ」
「何が?」
「桜がこんな目にあったのは、俺のせいだ」
「どういうこと?」
「桜を連れ去ったのは、俺と同じ存在のやつだ」
「同じ存在?」
「同じものからできている。宇宙を漂う塵のようなもの。それが具現化したもの」
桜はナルの言葉を思い出した。
『私は宇宙。私は全て。無限であり、虚無であり、永遠であり、刹那である。果てしない宇宙』
「奴は自分と同じ存在を探していたらしい。そして俺を見つけた。俺が奴を拒否するとやつは……」
「私が邪魔だって言ってたわ。私がいなくなると、ダストが自分のもとにくると思ったのね」
「すまない……」
「ダストが謝ることないわ。やっぱりダストのせいじゃない」
「でも俺がいなければ、桜がこんな目にあうこともなかった」
「でもダストは何も悪くないじゃない」
「悪いとか、悪くないとかの問題じゃない。俺がいたら、また奴が来るかもしれない。桜をあんな目にあわすのは嫌なんだ。だから俺は桜の側にいちゃダメなんだ」
「でも、私はいてほしい!」
桜は下を向いた。
ダストの大きな手が見える。
自分とは違う大きな手。
ダストの手をつかむ。
暖かい。
これが人間の手ではないと言われても、ピンとこない。
「ダストがナルのところに行きたいって言うのなら、止められないけど……」
「そんなことない!」
ダストは食い気味に言った。
「俺がいたいのはここだ。桜の隣だ。桜といたい。でも、俺がいると……」
「じゃあ守ってよ」
「守る?」
「ずっと側にいて、ナルが来たら追い返してよ」
「いいのか? だって学校とか、バイトとか……」
「来たらいいじゃない。ずっと側にいたらいいじゃない。だっていたいんでしょう、私の側に」
「いたい。ずっと一緒にいたい」
「じゃあいて!」
ダストは桜を抱きしめた。
「ああ。いる」
「うん……」
桜の目から涙がこぼれた。
ずっと寂しかった。
ひとりは嫌だった。
誰かに側にいて欲しかった。
「ずっとだよ」
「ああ」
ダストの手に力が込められた。
ずっと桜に絡みついていた孤独が、緩々と溶けていく。
両親が死んで以来初めて、桜は孤独から解放された。