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銀の襲撃

 チャイムがなると、皆一斉に動き出した。

 席を立つ者。

 鞄から弁当を出す者。

 友達の席へ移動する者。

 教室から出ていく者。


「あれ? 桜は?」

 杏奈は桜の席までやってきたが、そこに桜はいなかった。


「知らねえよ」

 前に座る恭平が立ち上がる。

「どこ行くの?」

「購買」

「桜のために作ってきたんだけど。桜いないし、食べる?」

 杏奈が弁当箱を差し出す。


「ラッキー」

 恭平が杏奈から受け取る。

 そして、弁当箱を包む可愛い布巾を、気まずそうにいじる。


「お前、あんま深入りすんなよ」

「深入りって?」

「暁月にだって、思うところがあるんだろ」

「思うところってなによ」

「あんまズケズケいくなってことだよ。まだ、立ち直ってないみたいだし」

「うん……」

 杏奈がうつむく。

「桜、どこ行っちゃったんだろう……」



 その時、桜は屋上に向かっていた。


 教室から抜け出す瞬間が一番緊張する。

(誰にも声をかけられませんように)

 そう願いながら、自分の存在を限りなく薄くする。


 空気のように、誰にも悟られないように、そっと抜け出す。

 誰かに見つかって「一緒にお昼を食べよう」と言われたら困るからだ。


 無事屋上に着くと、桜はほっとした。


 経済的理由から、桜は昼食を食べないことが多い。

 ダイエットだと誤魔化すのにも限界がある。


「部長に感謝」


 桜の手には、屋上の鍵があった。

 屋上にはテニスコートがある。

 鍵の管理者はテニス部の部長だ。


 昼休みに立ち入ることは禁止されているが、部長が貸してくれた。

 桜は以前テニス部だったので、桜の事情を知った部長が、昔のよしみで貸してくれたのだ。


 テニスコートを横断し、端まで行く。

 五階建の校舎だ。

 目が眩むほどに高いが、フェンスがあるから問題ない。

 フェンスに手をかけ地面を見下ろす。


 一階で、ベンチに座った生徒が弁当を広げている。


「美味しそう……」

 頭をフェンスに押し付ける。

 ダストの作った料理で一ヶ月もたすには、当分昼食抜きだ。


「はぁ、お腹すいた」

 フェンスにかけた手に力が入る。

 こういう時が一番辛い。

 思わず両親を恨みそうになる。それが嫌だった。


 どうして私がこんな目に。

 そう思わずにいられない。


 去年の今頃、あのベンチに座り、弁当を広げていたのは桜だった。


「ついて行けば良かった……」

 何度目になるだろう。

 繰り返しした後悔が口から出る。


「どこへですか?」

 突然話しかけられ、桜は驚いた。


「誰⁉︎」

 振り返ると男がいた。

 いや、女かもしれない。

 男とも、女とも、わからない人間が立っている。


 真っ白で、とても上等そうな、煌びやかなスーツを着ている。

 ポケットにはシルバーのポケットチーフ。


 ポケットチーフと同じ、銀色の長い髪。

 その長い髪をひとつにくくっている。

 無造作にくくっているように見えて、一分の隙もない。


 鋭く輝く紫電の瞳。

 陶磁器のような肌。

 整い過ぎた人形のような顔。


「え? なに? 変態?」

 桜は思わず言った。


 とても美しい姿だが、現実感がない。

 それ故、奇抜で悪い冗談みたいだと思った。


「失礼な女ですね。これのどこがいいのか」

 ナルはため息をついた。

 桜がむっとする。


「ここは関係者以外立ち入り禁止よ。そもそも、どうやって入ったのよ。鍵はかけたはずよ」


「おまけに理解力も低い。まぁ人間なんて所詮この程度か」

「はぁ⁉︎ あなた一体なんなのよ」


「私はナル。ナルと呼ぶといい」

「ナル? ナルシストのナル?」

「違います」


 ナルは両手を広げた。

 その仕草は優雅だが、芝居染みていた。


「私は宇宙。私は全て。無限であり、虚無であり、永遠であり、刹那である。果てしない宇宙」

「やっぱりナルシストか」

 桜の言葉にナルの表情が引き攣る。


「違います」

「じゃあ変態」

「あなた、いい加減になさい」

 ナルは両手を下ろした。


「いい加減にするのはどっちよ。なんなの? お芝居かなにか? ドッキリ?」

 桜は左右を見回した。

 演劇部の部員でも隠れているかと思ったのだ。


「まったく……」

 呆れたようにナルが言うと、あたりの景色が突然変わった。


 気持ちの良い春の日差しが降り注ぐテニスコートから一転、薄暗い空間に変わる。


 そこはだだっ広い荒野だった。

 厚い雲がどこまでも続いている。

 遠くにある丘は、一面灰色だ。

 地面は雪で覆われている。


「なにこれ⁉︎」

 突風が吹いた。

 顔にまとわりついた髪をかきあげる。


「さっ、さむっ!」

 両手で己の体を抱きしめる。

 冷たい風が、ブラウスの上から体に突き刺さる。


「あなたねぇ、邪魔なんですよ」

 ナルは腕を組んだ。

 強風が吹き荒れているにもかかわらず、ナルの髪は一切乱れていない。


「邪魔って何よ」

「私はずっとこの時を待っていたのです。ずっとずっと探していたのです。それなのに、たまたま出現した時に居合わせたというだけで。どうしてこんな女に」


「はぁ⁉︎ 何言ってんのよ! 意味わかんないんですけど!」

 強風でめくれるスカートを抑える。


「しかし、私がこの星の生命に直接関与するのは如何なものかと思いましてね。なるべく、ひっそりと、消えてください」

「どういうことよ!」


 より強く吹いた風を避けるため、桜は顔をおおった。

 手を離した時には、ナルの姿は消えていた。


「へ⁉︎ なに⁉︎ どういうことよ!」

 桜は意味がわからず叫んだ。

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