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負担

「じゃあ行ってくるね」

 桜は靴を履いた。

「今日はバイトもあるんだけど……」


 気まずそうに見上げる。

 ダストが見送りのため玄関に立っている。

「わかっている。ちゃんと家にいる」

 ダストの穏やかな顔を見て、桜はほっとした。


「ごめんね。明日は学校が休みだから、どこかに行こうね」

「どこか?」

「うん。バイトがあるから夕方までだけど。どこか楽しい所に行こうよ」


「外に出てもいいのか?」

「あ〜、まぁ、そうなんだけど。学校みたいに知り合いだらけの所に行くわけじゃないから。ちょっとくらいいいかなって……」


 するとダストは笑った。

「ああ。行こう」

 顔が変わったからだろうか。

 その笑顔はアイドルの表情を真似しているだけの時と大きく違った。


 とても静かで、穏やかな笑顔だ。

 つられて桜も微笑んだ。


「それじゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 桜も最近は学校とアルバイトの往復だ。

 お出かけはとても久しぶりだ。

(楽しみだな。どこへ行こうかな)

 鼻歌まじりに学校へ向かった。



 桜が学校へ行ってしまったので、ダストはやる事もなくラグの上に座っていた。


 部屋の中は桜で満ちていた。

 ピンクのカーテンも、ふわふわラグも、ハート型のクッションも、桜らしい。

 匂いが、気配が、残っている。


 その全てが愛おしくてダストは微笑んだ。


 ラグをそっとなでる。

 安物だ。

 しかし桜の経済状況を考えると、とても高価なものだ。


 学費と家賃は伯母が負担しているようだが、その他の費用は桜のアルバイトによって賄われている。


 桜にかけた負担について考え、ダストは落ち込んだ。


 桜の為にと作った料理も、迷惑でしかなかっただろう。

 今ならわかる。

 桜の好物をと思って選んだメニューだが、一食あたりの予算をオーバーしているに違いない。


 ダストは考えた。


 自分はなぜこの世界に現れたのだろう。

 桜の迷惑になるためではないはずだ。

 一体何ができるだろう。


(知識が足りない……)

 ダストの知識は、桜の遺伝子の情報と、テレビのみだ。


 ダストはテレビをつけた。

 テレビから得られる情報は、とても偏りがある。

 遺伝子の情報に比べ、圧倒的に少ない。


 本当なら外に出て、他の遺伝子を取り込むのが早いのだろう。

 しかし外には出ないと約束した。


 特に面白くもない番組をダラダラと見る。

 昼食はダストの作った料理を好きに食べていいと言われている。

 しかし食欲がわかなかった。


(作らなければ良かった……)

 部屋の隅に山積みにされた料理を見る。

 桜の負担にしかならない料理。

 しかもこれを食べ終えない限り、もう一度桜の手料理を食べることはできない。


(目玉焼き、ほうれん草のおひたし、揚げと豆腐の味噌汁。塩ご飯。もう一度食べたいな……)

 桜の手料理を反芻する。


 その時だった。


 なんの前触れもなく、ひとりの人間が現れた。

 ダストの目の前。

 ダストとテレビの間に現れる。


「誰だ!」

 ダストは立ち上がった。


 白いスーツ。

 とても上等な物だろう。生地が違う。

 銀色の長い髪。

 紫の瞳。

 男性のようであり、女性のようでもある。


「初めまして。私はナル。ナルと呼んで下さい」

 ナルは優雅に一礼をした。


「何者だ?」

「見てわかりませんか?」

 ナルがにっこり笑う。


「まずは、おめでとうございます」

「おめでとう?」

「そう、おめでとうです。具現化できて」

「具現化……?」


「なんです、その顔は。もしかして、まだわかりませんか?」

 ナルはダストに一歩近づいた。

 ダストは一歩後ろに下がった。


「私は、あなたです」

「どういうことだ」

「とぼけているのかな? それとも本当にわからないのかな?」


 ダストの鼻先に皺がよる。

「バカにしているのか?」


 するとナルは驚いたような顔をした。

「まさか。私はずっと探していたのです。バカにするなどとんでもない」


「探す? なにを?」

「あなたをですよ」

「俺を?」

「そう。私はあなたと同じです」

 ナルが両手を胸の前におく。


「同じ?」

「同じです。宇宙を漂う存在。宇宙のかけら。宇宙そのものと言っても良いでしょう」

 ダストは鼻で笑った。


「大袈裟な。塵のようなものだろう」

「そう、小さな小さな宇宙のかけら。かけらは宇宙のそこらじゅうに漂っていますが、実体を得られるものは僅かしかいない」

「つまり、お前もそうだというのか?」

「その通りです」

 ナルがうなずく。


「それで」

「それで?」

「なにをしにきた」

「あなたに会いに。言ったでしょう。私はずっと、あなたを探していたと」


「なぜ」

「なぜ? 不思議な質問ですね。同胞を探すのは当然のことではありませんか」


 ダストには、この世界に現れた瞬間から桜がいた。

 自分と同じ存在を探す必要など感じなかった。

 同じ存在がいるという可能性すら考えなかった。

 ダストが考えていたのは桜のことばかりだ 。


 ナルは部屋の中を見渡した。

「このように狭苦しい場所は性に合いません。移動しましょう」

 ダストに向かって手を差し出す。


「断る」

「なぜ?」

「お前ひとりで行け。俺の居場所はここだ」


「この小さなアパートが?」

「そうだ」

「なぜ?」

「なぜでもだ。俺はここにいる」


「桜という女のせいですか」

 ダストは返事をしなかった。

 ナルは首を振った。


「わかりませんね。あの女は人間です。すぐに死ぬ脆い存在。あなたは何万年、何億年も生きる、強大な力をもつ存在です」


 また一歩、ナルが近づく。

 ダストもまた、一歩後退した。

 背が壁に当たる。

 狭い部屋だ。

 ナルの顔が、触れんばかりに近づく。


「なぜです。なぜ、あのようにちっぽけな存在にこだわるのです。あなたはこの世界の言葉で言うところの『神』に等しい力を持っているのに」


「そんなの関係ない。どんな力を持っていようと、持っていなかろうと、俺は俺で、桜は桜だ」


 ナルの目が細くなる。

「そうですか。それでは」

 ふっと姿が消える。


 ダストは部屋の中を見渡した。

 誰もいない。


「諦めた……のか?」

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