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創造主

「一体どういうつもりよ」

 廊下に出るなり、桜はダストに詰め寄った。


「何がだ?」

「外には出ちゃダメって言ったじゃない。それなのにどういうこと? その上、なにその格好。ここの生徒になるつもり?」


「もちろんそうだ」

「どうしてよ」

「桜と少しでも一緒にいたいからだ」

「どうして!」

「桜が好きだから」

「はっ⁉︎」


 桜は何か言おうとしたが、何が言いたいのかわからず言葉にならなかった。

 口だけがパクパクと動く。


 そんな桜を見て、ダストは言った。

「桜は俺に名前と容姿をくれた。だから俺は桜が好きだ。ずっと一緒にいたい。だから学校に来た」


「な、なに変なこと言ってるのよ!」

 ようやく出てきた言葉はそれだった。

 しかしダストは大真面目な顔をしている。


「変なことではない。俺の気持ちだ。聞かれたから答えた」


 どんな姿にでもなれるということは、自分の姿を持っていないのと同じだ。


 そんなダストに、桜は一晩中悩みながら『ダストの形』を作ってくれた。

 世界にひとつしかない、自分だけの形。

 桜はダストの創造主になった。


 創造主を崇拝する信者のように、もしくは生まれたばかりの雛が初めて見たものを親だと思い込むように、ダストは桜のことを慕った。


 しかし、桜には名前があることも、肉体があることも、当たり前のことだ。

 ダストの気持ちなど全く理解できない。


(テレビで変な恋愛ドラマでも見たのかしら……)


 桜の訝しげな表情を、ダストは心配しているのだと読み取った。


「記憶のことなら問題ない。試してみたが、ちゃんと機能した」

「試した? どういうこと?」

「学校にいる全ての人間に俺が転校してきたとインプットした。これで問題ない」


「インプットって。それだけじゃ絶対にボロが出るでしょう。戸籍は? 住所は? 家族は? 苗字は?」

 桜は矢継ぎ早に質問を浴びせた。

 案の定ダストはきょとんとした。


「ほら、 答えられない」

「ちょっと待て……」

 ダストは片手を上げた。

 暫しそのまま静止する。


「そうだな。桜のいとこというのはどうだろう。桜が一緒に暮らしている伯母さんの息子だ。それだと住所は桜と同じだから齟齬もない」

 ダストは名案を思いついたと思った。

 しかし「おや?」と首をひねる。


「これはどちらが正しいのだ? 学校に登録している住所と、桜が暮らしている住所は違うものだぞ。どちらを使えば良いのだ?」


 ダストの質問に、桜の眉間に皺がよる。


「それも、遺伝子の情報ってやつ?」

「そうだ。どうしたらいい?」


 ダストは答えるのが当然のように尋ねた。

 桜の眉間の皺が深くなる。


「ズケズケと、勝手に私の内部に入ってこないでよ」

 ダストがきょとんとする。

「何を怒っている?」


 桜は腹が立ち過ぎて、説明するのも嫌だった。


「その便利な遺伝子の情報ってやつに聞けばいいじゃない」

「遺伝子の情報は万能でない。情報は情報に過ぎない。どの情報が桜の感情に──」

「うるさい!」


 声を聞くのも嫌になって、桜はダストの言葉を遮った。

 一緒の空間にいるのも嫌だった。

 ずんずんと前に向かって歩きだす。


「どうした」

 ダストが桜に駆け寄る。

「ほっといてよ」

 大股で歩いているつもりだが、コンパスが違いすぎる。

 桜はダストの肩くらいまでしか身長がないのだ。


 ダストは楽々ついてきた。

「いとこがダメなら、何にすればいい」


 無視して歩き続けた。

 校舎を抜け、渡り廊下に入る。その先に多目的室はある。


「桜? どうした。答えてくれ。なにか問題でもあったか?」

 渡り廊下の真ん中で、桜は止まった。

 ここなら多少の大声を出しても大丈夫だろう。

 頭の中は怒りで燃えているのに、妙な所だけ冷静だった。


 にらみつけるように見上げる。

「あったわ。大ありよ。だから怒ってるの。急にやってきて、勝手に私の記憶を見て。どうしてそういうことするの。大迷惑よ!」

「俺がここにいることは、桜にとって迷惑なのか?」


 泣くのは嫌だった。

 だから、懸命に大きな声をだした。


「そうよ。顔も見たくない。今すぐ私の前から消えてよ。そしたら問題は全てなくなるわ!」

 ダストは傷ついた顔をした。

「…………わかった」

 そう言うと、ダストの姿はふっと消えた。


 桜は暫くダストのいなくなった空間を睨みつけていた。

 しかし戻ってくる様子はない。

 大声を聞きつけて、誰かが来る様子もない。


 ふっと肩の力を抜く。

「なによ…………」


 もう誰もいない。

 もう泣いてもいい。

 そう思ったら、逆に涙は出てこなかった。



 気持ちを落ち着かせてから、多目的室の机と椅子を運ぶ。

 教室に戻り、中に入れようとする。


「暁月。何をしている?」

 渡辺が不思議そうにしている。


「え? そこに机を……」

 桜は自分の隣の席を見た。

 そこだけぽっかり空いている。


「どうしてそこだけ空いているんだ?」

 渡辺が戸惑う。

「え? だって先生が……」

「どうした。ま、まさか。いじめか⁉︎」


(あっ! ダストの奴。自分が現れる前に記憶を戻して行ったんだわ!)


 あわあわなりながら両手を振る。

「違います! いじめとか、そんなのじゃありません! 間違えました!」


 渡辺が尋ね返してくる前に「戻してきます!」と言って教室を飛び出した。


(なによ、元に戻すなら戻すって言ってから消えなさいよ……)

 桜はその後、気まずい思いをしながら授業を受けた。

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