宇宙の塵
それは塵のような存在だった。
広大な宇宙の中で、ひたすら漂うだけの存在。
何万年もそうして過ごしてきた。
ある時、小さな小さな惑星の引力にひかれた。
あがらうこともせず落ちた。
どこであってもそれはそれのまま存在し、星が寿命を迎えると、また宇宙へ帰すはずだった。
しかし──
「大人しくしろよ!」
「いやぁ!」
頬を打つ音が響く。
漂っていた存在の隣で、男と女が揉めている。
男は無理やり女を押し倒した。
「やめて! 誰か!」
女が叫ぶ。
「うるさい! 静かにしろ!」
「嫌だ! 離して!」
男はナイフを取り出した。
女は一瞬怯んだ。
しかし、それでも叫んだ。
「誰か助けて!」
男はバカにされたと思った。
ナイフなど見せても、どうせ脅しだろう、本気で使うつもりなどないのだろう。
そう思っているのだと感じた。
事実、男は女を傷つけるつもりなど全くなかった。
一方、女は女で、自分の意思とは関係なしに、自分の体を好きにされるくらいなら、死んだ方がマシだと思っただけだった。
しかし、その様な思いは伝わらない。
ふたりの思考は交わることなく、永遠に平行線だ。
「助けて! 誰か助けて!」
「黙れよ。バカにしやがって。黙れって言ってるだろ!」
男はナイフを振り上げた。
『──うるさい』
初めに浮かんだのはそれだった。
漂うだけの存在に、初めて感情が生まれた瞬間だ。
すぐ隣で星が爆発しても、ブラックホールに飲み込まれても、そのように感じたことは一度もなかったのに。
それなのに、女の叫び声が響くたび、もやもやとしたものが沸き起こる。
「やめて! 離して! 誰か!」
「黙れって言ってるだろー!」
震える男が腕を振り下ろす。
瞬間、あたりは閃光に包まれた。