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【完結】純白の抒情詩《リューリカ》  作者: 黒井ここあ
第二章 錯綜せし絃

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〈神話〉神様になりたかった男の話

 あるところに、とても自尊心の高い男がいました。

 男は赤ん坊の時から、自分がとても優れていると思っていました。

 幼年のときには姉を越えたと思いました。

 少年のときには親を越えたと思いました。

 青年になったときには、世界のだれよりも自分が偉いと思っていました。

 根拠はありませんでした。男は自分が特別だと思っていたのです。

 なぜなら彼は、出会う人間全員の〈ギフト〉を見抜くことが出来たからです。

 彼は、それでも自分が素晴らしい人間であるという自信を失いませんでした。

 ある日、遠くに旅に出ていた姉が帰ってくるまでは。

 姉は、帰ってくるなりに話を始めました。

 男は、どうせくだらないことだろうと高をくくり火の番をしながら片手間に聞いていました。

 姉の話は、こうです。

「道中、ひどい雨に降られたわ。でも、神さまのような素晴らしい方に、一晩お世話になったの。暖かいお家に入れてくれて、畑のシチューを頂いて、音楽で心を癒してくださったの。あんなにもてなしてくださったのに、嫌な顔一つしないのよ」

 男の耳に、神さまと言う言葉がひっかかりました。

 男は、この世の中の人間で、自分が一番偉いと思っていましたから。男を越える神さまという存在が許せなく思えたのです。

 男は不機嫌も不機嫌に、姉に神さまと言わしめた存在の居場所を聞き出して、陽が上ったと同時に家を飛び出しました。旅に十分な持ち物も持たず、着の身着のままでした。

 真っ直ぐに西へ西へと進むうちに、彼はとうとう疲れ切って倒れてしまいました。

 もう何日たったかも数えていませんでした。

 くたびれきった彼を見つける人がいました。

 その人は男をよく観察したあと、男を担ぎあげて家までつれてゆきました。

 男が気付いた時には、よく乾いた藁のベッドに寝かされていました。

 失礼な男は、助けてくれたお礼も言わずに聞きました。

「ここはどこだ。あなたが神か」

 助けてくれたのはとても髪の長い女の人でした。どれくらい長いかというと、地面についてそれでもあまるくらいなのです。

「礼も言わないとは、人間も偉くなったものよ」

 男はこの女の人を神さまだと思いました。

「おれは普通の人間じゃあない。〈ギフト〉が見えるんだ」

「ほう。では、わたしの力を見抜いてごらん」

 男は神さまの力がいったい何なのか、じっくり見つめました。

 ですが、一向にわからないのです。それもそのはず、男が見えるのは人間の〈ギフト〉であって、〈ギフト〉をくれるような神さまの力は、大きすぎて見えるはずが無かったのです。

 しかもこの神さまは、時の女神さまだったので、誰よりも意地悪でひねくれていました。

「おまえはうそをついたな。暇つぶしにおまえの魂と体とを引き裂いてやろう」

 時の女神さまは、男が座る藁のベッドだけを世界に残して、あとはぐちゃぐちゃにかき混ぜ始めました。人間には、天も地も、右も左もわかりません。

 男はとんでもない、とおそれおののいてひれ伏しました。

「許してください。死にたくありません」

「では、わたしの愛する人を見つけなさい」

「それはどんなお方ですか」

 時の女神さまはにっこりしました。

「わたしの愛する人は、わたしの作った竪琴をもっている」

「それは、どんな竪琴ですか」

「わたしの作った竪琴は、それをひとたびかき鳴らせば、すぐにわたしに会うことができるよう、わたしの思いがこもっている」

 男は言いました。

「わかりました。その、竪琴を持つ男を探してまいります」

 男は、内心ほっとしていました。

 やれやれ、これでこの神さまから逃げられる。

 しかし、女神さまはそれすらもお見通しでした。

「逃げられないよう、わたしもお前の中に入り、ともに行こう」

 男はびっくりして言いました。

「そんな! けがらわしい男の体なんて、もったいない!」

 そして、なんとかして体を守ろうと口を回したのです。

「あなたがこの世に生きられるよう、人間の体も用意しましょう」

 女神さまはたいそう喜んで、男を元通りの世界に返してくれました。

 こうして男は、女神さまの家来になりました。

 自分をえらく思いすぎるのは、よくないことですね。

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