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【完結】純白の抒情詩《リューリカ》  作者: 黒井ここあ
第二章 錯綜せし絃

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一、確かめたい存在

 ボーマン伯爵家の領地の東、エルレイの森の隣には樵たちの住まう小さな町、ホルツがあった。

 ホルツにはボーマン家が抱える国境警備隊が駐在しており、規模は小さいけれども商店や買い物に困らない、賑やかな町だった。このホルツから少年たちがそろってブリューテブルク城下町の警備に採用されてから、五年の月日が経っていた。

 ヴィスタ王国は長らく戦禍にさらされておらず、兵士や騎士職はあれどもその職務のほとんどが貴人の警護、国境の警備だった。

 兵士の一人である青年ルロイは、五年ぶりに我が家へと帰る暇をもらっていた。十六のときから城下町に勤めている彼は、今年二十一になろうとしていた。

 彼は家族に対し休暇と称していたが、実際はボーマン家主催の仮面舞踏会における失態の懲罰のため、二週間の自宅謹慎という処分を食らっていた。

 城下町にある兵舎には友人がいるので彼らに連れまわされることも多く、暇を見つけることのほうが難しかった。だが、ホルツのようなのどかな町には友人たちの好むような女の子のいるバーがあるわけもなし、ルロイは本当に暇を持て余していた。彼はときどき、短く刈りあげた栗色の頭を掻くぐらいしかすることもなく、自室のベッドで寝転んでいた。その床では幼い兄弟が木製のブロックを慎重に積んでいる。

 からんころんというブロックがぶつかるかわいらしい音を聞きながら、ルロイはうとうとし始めていた。ぼんやり眺めていた天井は、彼が子供の時から変わらない。くたびれずにまだがんばっている梁が、次第にその輪郭を滲ませていった。


 仰向けに寝転ぶルロイを窓の日差しが照らす。瞳を閉じても世界は明るくて、闇は襲ってこなかった。ぼんやりと暖かく包み込む光の中で思い出すのは、見慣れた風景だ。

 ふわりと浮いた気分のまま、ルロイはその風景の中に足を踏み出した。ほんの数歩歩いただけで自宅を出て、また数歩踏み出すと商店街を通り過ぎて、しまいにはホルツを飛び出してしまっていた。音は聞こえない。自分の足音も、呼吸をするのも、風が森をかき鳴らすのも、すべてが陽だまりの色に溶けていた。

 流れゆく景色は、そのうちにルロイを、緑に抱き締められた家に連れてきた。グレンツェン。彼はこの家のことをよく知っていた。友達がたくさんいる家だ。そう思うと、見知った顔があちらこちらから現れた。嬉しくなったルロイは、連れ立って来た少年を振り返った。

 ――行こうぜ。

 小麦色をした髪の少年――名をヒューゴといったが――彼はルロイと目が合った途端、グレンツェン孤児院に向って駆け出した。

 ――オレも。

 対抗心に火をつけられた彼は〈俊足のギフト〉を解放した。自分の思い通りに動く身体が、筋肉が、彼をどんどんと加速させる。顔面に叩きつける風なぞ怖くはない。むしろ、毛穴という毛穴から噴き出す汗を乾かしてくれる味方といったほうがよかった。

 空間を切り裂く一つの矢になったような万能感を持って、ルロイは思い切りよくヒューゴを追い越し、孤児院の扉の前にたどり着いた。

 彼は土ぼこりを立たせながら足を止めた。巻き起こる砂の合間に、黒い髪をした少年とすれ違ったような気がした。見慣れない顔だ、と思い振り返った瞬間、ルロイは火の海に包まれていた。ちりちりと舞いあがる火の粉が少年の頬に降りかかる。

 ――助けを呼ばなきゃ。

 彼は汗ばむ軍靴と鎖帷子とを脱ぎ捨てたい衝動に駆られた。支給された防具は、成長期に入ったばかりのルロイにはまだ大きかった。

 これさえなければ早く走れるのに、と思う手前で、静かな孤児院が炎にのまれて、ばちばち、ばりばりと悲鳴を上げながら崩れている。悠長にしている時間は無かった。

 国境警備隊に配属された少年兵としての彼の仕事は、伝令だった。職務をまっとうするにはこの状況を上に報告するため、すぐに関所に戻るべきだった。あるいは、川から水を持ってきて消火活動に当たるべきか。いずれにしても彼の〈俊足〉さえあれば往復は簡単だった。だが、その間にも孤児院は燃え尽きて炭と化してしまうだろう。

 文字通り足踏みをするルロイの眼の前で、大きな音を立てて燃えた孤児院の一部が崩れた。梁と壁が焼け落ち、緑の森に鮮やかな火の粉がはじけ飛ぶ。心なしか木々も炎におののいて身を引いているようにさえ見えた。

 露わになった屋内では、何人も人が倒れているのが見えた。知った顔もあるが、燃えるがれきの下で力なく伏している手足が黒こげで、尋常ならざる方向に曲がっているのを見て、ルロイは小さく芽生えた希望を飲み込んだ。

 あきらめかけた彼の瞳に、赤い炎を反射して輝く丸いものが飛び込んできた。そのなかで、白いものがうずくまっているのが見えた。それが少女だと見てとるや、ルロイは駆け出した。

 彼が彼女に駆け寄ると、その不思議な覆いは次第に輪郭を透明にし、弾けるようにして消えた。

 白い髪をした少女の名は知らなかったが、せめて彼女だけでもと抱え、彼は急いでその場を駆け出した。彼女の倒れていた床は煤一つ付いていなかった。

 少女を抱えたルロイは、なるだけ遠くにと思い、北の泉まで彼女を連れていった。グレンツェンの燃え方は、森さえも燃やしてしまいかねなかった。すぐに戻らなければならない。少女を横たえて、再び走る。

 その後、その後は――。


「急がなきゃ……!」

 ルロイは自身の唸り声で目覚めた。覚醒したことで、自身が眠っていたことに気付き、それにもまた驚いた。うつらうつらと幸せな入眠だったのが嘘のように、寝覚めが悪かった。走ったわけでもないのに、心臓が激しく脈打っている。

 目脂に邪魔されながら見開いた胡桃色の瞳が映すのは、古ぼけながらも我が家を支えてくれている梁である。穏やかな午後は何の変哲もなく、彼が見たものすべてが夢だった、と彼は思えなかった。

 そして夢の中で暑いと思っていた通り、彼はひどく汗をかいていた。額に浮かんだそれを拭う。と、だらりと肌を伝う嫌な感触が首元にあった。

 ルロイは思い出したついでに、彼に謹慎処分を下した上司の無愛想な顔までも脳裏に浮かべた。昇進してからの運動不足がたたった、だらしない顔つきが癇に障る。

「はぁーあ。たった一回、間違ったくらいで、ひどい仕打ちだぜ」

 大げさなため息と独り言が屋根裏に放り投げられた。

「ひどいしうちってなあに、あんちゃん?」

「あ? うーん……」

 一番下の弟が健気にも相手をしてくれたので、ルロイはその質問に行動で答えた。

「そいっ!」

 ルロイは目にもとまらぬ速さで彼が積んでいたブロックの塔を一瞬にしてなぎ倒した。自らの努力ががらがらと大きな音を立てて、崩れ落ちてゆくのを、小さな弟は止められなかった。

「あー! あんちゃんひどい!」

「悪かったよ、でもわかったろ? 今のあんちゃんの気持ちがさ」

 弟は、兄の言いたいことなぞわかってたまるものか、というふうにぐずりだし、ついには鼻水を盛大に垂らしながら泣き出してしまった。

 その鳴き声が室内に響いたとたん、階段をどたどたと駆け上がる足音が、家じゅうに響き渡った。それはものすごい速さで青年の部屋に近づいてきて、扉を勢いよく開けた。

「ルロイ! アンタよくも泣かせてくれたわね!」

「お前が泣いたんじゃないだろうが、スー!」

「誰がロビンを泣きやませるって思ってんのよ!」

 嵐のように現れたのは、青年兵士ルロイの妹、スクラータだ。トマジ家の五人兄弟の紅一点にして、気苦労の絶えない長女である。走ってきたせいで、前髪がすっかり崩れている。その色は焼き栗、と彼女がたまに揶揄するように、ルロイよりも深みのある栗色だった。

 スーは、使いこまれたエプロンのポケットからハンカチを取り出した。そしてロビンを、たった今降りかかった悲劇から楽しい計画へといざないながら、その手でぐいぐいと末弟の垂れ流した水分をふき取りはじめていた。

「ロビン、つみ木はまたあとでやりましょ! 私と一緒に妖精さんのお茶の時間にしよう?」

「……ようせいさんのおちゃ? のむー!」

 ルロイは当事者でありながら、姉弟の様子をぼんやりと眺めていた。そして、ある言葉に引っかかる。それがうっかり口から出てしまったのに、後から気付いた。

「妖精なんて、いるわけないだろ」

 ぽつりといった兄の言葉に反応し、末弟ロビンは明るくなったはずの顔をまた悲壮感たっぷりにゆがめ始めた。スーがすかさずルロイを睨みつけたので、長兄はあわてて取り繕った。

「あー。いない、と思ったのは、見たことがないからだなあ、ははは!」

「ええー。あんちゃん、ようせいさんみたことないの?」

 低い鼻をずびずびいわせながらロビンが問うのに、兄はリネンのシャツごと胸を張って見せた。

「残念だけど、ないんだぜ。ロビンはあるのか?」

「あるう! すごいかわいい!」

 ルロイのフォローが上手く決まり、ロビンの機嫌は再び元通りになったようだった。スクラータがまあいい、許してやろうとルロイを解放してくれたので、兄は肩をほっと撫でおろした。

 ロビンの言うことを口では肯定したものの、ルロイ自身は本当に妖精の存在など信じていないので、少しだけ落ち着かない気持ちがした。それは、妖精にまつわる数々の禁じられたジンクスを進んで破りに行くような少年時代を過ごしていたからかもしれなかった。

 そうこうしているうちに、長女は末弟の手を引いて屋根裏部屋を出ようとしていた。ルロイもその流れに乗じて、おとなしく付いていく。すると妹は、大変不快そうに彼を振り返った。

「ちょっと。なんでルロイまで来るのよ」

「お茶だろ? オレも飲みたい。妖精さんのお茶」

「あんたの分は無いわよ」

「ひっでぇー!」


 兄弟は、そろって一階にある食卓にまでやってきた。ロビンの双子の兄が、既に食卓でスコーンを食べ散らかしている。口や頬に食べかすをつけて、おまけに皿からすべてをあふれかえさせている。それを目にした途端、すかさずスーが檄を飛ばした。

「あんたたち、食べ方が汚い! 手は洗ったの?」

「もちろん洗ったとも」

「洗ったよね」

「ちゃんと片付けなさいよ!」

 スーは双子の指導を終えると、キッチンに姿を消した。ルロイがその背中を追いかけると。彼女はやかんを火にかけているところだった。後ろから耳打ちし、こっそりとねぎらう。

「いつもああして世話してるのか、お疲れ」

「ほんとよ。というか、ルロイが来てから、いつもより忙しい」

 その返事はそっけなくて、ルロイはすこし寂しさを覚えた。五年という月日でルロイは二十一歳、スーも十四歳となり、年の差の関係なかった兄弟なのに、言い知れぬ溝が出来た気がした。

「それは悪かった、お詫びと言っちゃなんだけど、オレも何かするよ」

「ふうん? 弟を泣かすとか?」

「それは悪かったって。もっとちゃんと働きますよ、レディ」

「じゃあちびたちの見張りをしてください、衛兵さん」

「お安いご用で!」

 一瞬、距離感を感じたものの、軽いやり取りを絶やさないでいてくれるスーに、感謝の念が込みあがる。彼は、手を洗い終えると、五年で大きく育った弟たちの輪の中に入った。

 席に着いたルロイに真っ先に食らいついたのは、末弟でそろそろ八歳になるロビンだ。黄金色の液体の詰まった瓶を持ち上げようとするも、その重さに断念し、ずるずると机の上をひきずって長兄の目の前に差し出した。

「あんちゃんこれ、おいらたちがとってきたはちみつ!」

「おお、すごいな。蜂は危ないのに、おまえたち勇気あるな!」

 三人の弟たちは顔を見合わせると、誇らしげに、そして照れ暗そうにほほ笑む。

 次に十二歳の双子のティモとマルクがそろって小瓶を差し出す。言葉数が多いのが弟マルクで、少ないのがティモと、相場が決まっていた。

「これが妖精さんのお茶だよ、にいに」

「お茶、飲むよ」

 ルロイが二つの小瓶を受け取ると、双子はにんまりと満足そうにした。麻布で蓋をされた小瓶の中には完走した花弁や草、根っこのようなものが入っていた。蓋を開けずとも香ってくる爽やかな甘い香りが、ルロイの鼻腔に満ちる。

 ルロイが三六〇度しげしげと小瓶を観察していると、スーがやかんを持ってやってきて、ロビンの隣という定位置に座った。抽出するための葉は既にやかんの中に入れられていたようで、スーはそれぞれの兄弟のマグカップを手繰り寄せて、お茶を入れた。乾燥している茶葉よりも、抽出した液体の香りの方が濃密で、部屋中に青臭くて甘い香りがいっぱいになった。

 スーは、液体を注ぎ終わったマグを順番に弟たちに渡し、最後に長兄に手渡しした。ルロイは軽い礼を言うと、スーに問いかけた。

「こんなの、どこで買ってきたんだ? 随分、高そうだぞ?」

「妖精さんにいつももらっているのよ」

「お前までそんなことを……」

 信じているのか、と問いそうになったルロイだったが、ロビンの手前ぐっとこらえ、お茶と共に飲み下した。少し舌にピリッとした刺激がした気がしたが、それは一瞬で消えた。後に苦みが感じられるも、それは蜂蜜を入れることで何とかなりそうな程度だった。感情がそのまま表情になる兄のことを見て、妹は仕方ないというふうに話しだした。

「だって、ルロイがお城に行ってから、ママもお仕事で帰ってこなくなったんだもん。それで、私がこいつらの相手してたのよ。そしたら……」

「ようせいさん、いたんだよー!」

 ロビンが口をはさむのを差し置いて、スーは続けた。

「はいはい、そうなんだよねー。はい、ロビンはこれ」

 今後も横入りされないように、彼女がスコーンを手渡してやると、末弟はそちらをどうにかするのに手いっぱいになった。

「で、その妖精さんっていうのは……」

「髪も肌も白いんだよ、にいに」

「森の奥に居るよ」

「え? それってうさぎじゃねーの?」

 ティモとマルクも瞳を輝かせて、ルロイに声をかけた。二人は妖精さんのなんたるやを説明しようとしてくれるも、ふわふわだのきらきらだの、抽象的な言葉ばかりを並べた。

 いまひとつ要領が得られず、ルロイは参ったとばかりにスーに視線を流す。スーはそれを受け取ると、スコーンにジャムをつけながら話し始めた。先ほど渡したはずのスコーンを平らげてしまったロビンは、姉がもう一つくれないものかというような期待のまなざしを送っている。

「いつも行く森にね、妖精さん、って私たちが呼んでるお姉さんがいるの」

 妹は立ち上がって、ジャムの付いたスコーンをロビンの頭の上からルロイに渡しながら、小さく言った。末弟はそれをうらやましそうに見やりながら親指をしゃぶる。

「突然いなくなること以外、変なところがないから、私は人間だと思うよ」

 兄は受け取ったスコーンを口いっぱいほおばりながら、妹に瞬きをして、分かったという意思を伝えた。

 彼女は腰を落ち着けると、新しいスコーンを手にとり、続ける。ロビンは辛抱たまらず、姉のひざの上に登ろうとするが、彼女に肘でのけられた。

「ある日、こいつらが風邪ひいて、どうしようもなくなっちゃって。その時に、このお茶をもらったのが最初なんだよね」

「へええ。それは感謝しないとな、その妖精さんに。じゃあこれは、魔法の薬か何かなんだ?」

 自身で発言した魔法の薬という言葉で、ルロイは想像の羽をはばたかせてみた。

 見た目にみすぼらしく怪しげな老婆が、苔むした岩場の祠かはたまた樹海の奥深くの掘立小屋で、鍋を火にかけている。その火は四六時中絶えることのないよう薪がくべられ、祠あるいは小屋の中には鍋から溢れる異臭が満ちている。老魔女がどぶの様な中身を杓子でかきまぜるともはや原型を残していない動物の骨が……。

 彼は妄想することに飽きて、しげしげと器の液体を観察した。見た目は薄茶けているだけで、香りも野草や野花の類の素朴なさわやかさがあった。味もおかしなところはない。自身が幼かった頃、母親に脅されたような魔女とその薬の話の印象からはかけ離れていた。

「そうかもしれないし、違うかもしれない」

 スーが、ふと不安げな顔をして見せたのに、ルロイは気付く。しかし、それはほんの一瞬で笑顔に変わった。

「でも、お茶を飲ませてからすぐ良くなったから、胡桃とかもってお礼に行ったんだよね、みんなで」

 彼女が弟たちに同意を求めると、彼らは威勢よく返事した。そして再び兄に対し、妖精さんという存在がどれほど素晴らしいかと、三人の弟たちはそれぞれに主張を始めた。彼らの語彙力はそれほど高くなかったため、案の定、抽象的な形容詞が飛び交う結果となったのだが。

「妖精さんねえ、はちみつ大好きなんだよ、はちみつ」

「そっか、それでがんばってるんだな?」

 ロビンがその小さな両腕で再びはちみつの大瓶を長兄に差し出そうとするのをみて、ルロイは彼の頭をなでてやる。

「ぼくたちは木の実とるの、にいに」

「木登り得意」

 双子も末弟に負けじと兄に駆け寄り、彼の左右に陣取ると大声で主張する。兄がよくわかったというふうに双子の弟の頭を、両手を広げてそれぞれなでてやると、彼らは誇らしげに口元を緩めた。

 ルロイは弟たちの気迫に押され、少したじろぐ自分がありながらも、久しぶりに心に温かなものが広がるのを感じた。年の離れた兄のことを、五年も離れていたのにも関わらず屈託なく接してくれる。まるでこれまでもずっと共に暮らしてきたかのように。

 ルロイは彼らの頭を飽きずに撫でてやった。口が達者で食欲が旺盛なのは、心も体も健康だということだ。兵士を続けてきた彼にはそれがよくわかっていた。

 彼は、子供の損ないやすい健康を守ってくれた、その妖精とやらに会ってみたいと思った。

「なあ、あんちゃんでも、その、妖精さん、に会えるかな?」

 ルロイの発した問いに、妹弟たちはすぐさま返事をしなかった。むしろ、彼らは寂しそうに顔を見合わせると、それぞれに頭を垂れてしまい、明るかった雰囲気が一瞬にして暗転してしまった。

 長兄はその様子に気づき、あわてて見まわす。さっきまでの和気藹々とした様子がうそのように消えた。ルロイはなんとか盛り返そうと、おどけて自分自身で答えた。

「え、あれ、やっぱ無理か? そっかあ、そうだよなあ。あんちゃんは大人だしな!」

がははは、と大げさに笑って見せるも、その声はむなしく居間に響いただけだった。ロビンの親指をしゃぶる音がさびしげに聞こえ始める。

 しばらくすると、妹がようやく口を開いてくれた。

「彼女、毎日森に居たのに、今はいないの。お家にも、泉にも。かれこれもう、一週間以上たつのに」

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