2章 1節 美月の悩み
桜木美月は、動じない。学年一のモテ男に、全力で壁ドンされたところで、ピクリともしないだろう。そもそも、およそ全ての事に興味が湧かない。ただ本気でやれば誰よりも出来てしまう才能を持っている。ピアノ、勉強、絵画、運動。もちろんやってない事もあるが、一度の挫折も、想定外の事すら無い。最後までやりきる、例えば、日本で一番や、世界で一番を目指して頑張りたいと思うことがない。仮にそう思う事が見つかれば、どれだけ幸せだっただろうか。自分は何で何も無いのだろうか?周りの誰も、そんな彼女を理解していなかった。
小学生の頃は、未だ未来に希望を持っていて、将来の夢に思いを馳せることもあったが、今は何も魅力的に感じない。もちろん実際には働いた訳ではないし、新しい発見が必ずあるのは理解している。しかし、彼女はそれを待つ事が出来ない。常に目の前の事や、将来的に最適な道を選択すること自体に執着する。手段が目的化してしまうのだ。ある意味ではそれが彼女の生きがいとも言えるが、中学生が終わる前に自分の中で納得出来無くなってしまった。自己否定、自己嫌悪。そこで漸く自分を客観的に見る事が出来た。
美月は、始めて最善の手段をとらず、現状を変えてみた。それが公立高校への外部受験だった。カリキュラムや対策時間、志望校の難易度を考えれば、いくら天才的な才能を持つ美月でもかなりのリスクはあった。試験以外にも親や先生、友人への対応等、越えなければならないものもたくさんあった。しかし、美月は、この時が一番充実していた。それは彼女にとって大きな収穫だった。
美月は未だ自分に何が欠落していて、何を求めているのか、答えには辿りついてはいない。