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終章 9節 寄り道

 国道沿いのファミレスは夕食を食べに来る家族が増えてきたようで混み始めていた。長居し過ぎた僕らはあらかた話も終わった事もあり店を出た。


 「で、僕は実際いつ頃出発になるのかな?一回家に帰って準備して構わないかな?」


 僕はミツキさんに確認すると、うーん、と首を傾げた後教えてくれた。


 「今日の夜遅くには行かなくてはならないの。必要なものならマコトがもう準備してあるから、気にしないで大丈夫。ゲートが開く予定だから荷物も多少なら持って行けるわね。家に取りに帰ってもいいけど時間だけは必ず守ること。」


 「桜木さん、タクシーに乗る程お金も無いのと、最後になるかもしれないから、少し話したいし、車を出してもらえたら助かるんだけど……」


 「もちろんいいのだけど、ちょっと私も寄りたいところがあるのと、話の内容は気をつけてね。」


 「ああ、分かってるよ。ありがとう!」


 「私とマコトはこっちで待っているから。あと、お別れもしておくわ、ね?」


 「おう、そうか。……そうだな。」


 ミツキさんとマコトに手を振って、一旦僕らは別れた。

 


 僕は桜木さんの家の車に乗せてもらい自宅まで戻ると急いで荷物を準備した。と言っても大体の荷物は北海道に置きっ放しだし、ほとんど何も無かった。唯一これだけはと考えていたミツキさんが作ってくれたあの絵本だけは大切にカバンに入れた。


 「最後にあのアパートに立ち寄ってくれないか?お別れしたいんだ……」


 桜木さんは黙って頷くと、運転手に行き先を手早く指示した。



 アパートに着くと、辺りはもうすっかり暗くなっていた。中に入ってじっくりと見回す。しっかりと記憶に焼き付けておきたい。そうすると忘れかけていた、いろいろな思い出が蘇ってくる。


 「私からも餞別があるからうちに寄ってから向かいましょう。……あと、このアパートも引き払う事にするけど、大丈夫?」


 「……ああ、今までありがとう、桜木さん。」


 僕らは桜木さんの家に寄ってからK市に向かう。

車の中で桜木さんが何枚かの写真をくれた。そこにはあのアパートの風景が映っていた。


 「以前撮ったものだけど、どうぞ。餞別その1よ。あと、これが餞別その2。」


 彼女が差し出した紙袋には、ミツキさんの服と何か楽譜やレコードらしきものが入っていた。


 「レコードならアナログだから、きっと再生できるわ。楽譜は役に立つか分からないけど、他に思いつかなくて。それに本当に必要なものならあの子が準備しているだろうしね。」


 桜木さんはそういうと優しく微笑んだ。確かに聞いた話によるとCD何てきっと使えないだろう。やはり彼女は気がきく賢い女性だ。


 「……うん、ありがとう。大事にするよ。きっと彼女も喜ぶと思う。」


 「まぁ、ある意味自分の事だからね…… 分かるわ。他にもマコトに頼まれて追加したものも入っているから。私には何でそんな物が必要なのか分からなかったけどね……」


 「あっ、もうすぐ着くわ。お別れの準備は大丈夫?」


 「いや、大丈夫じゃないかな……正直、今僕の頭の中は混乱している。……でも迷いはないよ。」


 「なら、大丈夫よ。――ほら、もう着いた。」


 僕と桜木さんの最後の会話はこれまでの複雑な関係だった6年間で一番穏やかなものだったと思う。



 車から降りた僕に残された時間は僅か数十分だった。結果的にマコトとは殆ど話が出来なかったのが心残りとなりそうだ。


 そして僕と桜木さんは旅立ちの場所に時間通りにたどり着いた。

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