終章 7節 理由
K市の南部にあるこの辺りは、産業用道路が近く、車の騒音が大きい。車の音が気になったのか、それともこれから話す事を外に出さないようにする為か、ミツキさんは、窓をしっかりと締めた。
「結論から言うと、私達はまた向こうの世界に戻らなくちゃいけないの。そして二度と帰らない。だから最後に貴方達に挨拶して少し街を散策したらさようならなの。何故戻って来たか?という理由も私達の事情では無くて向こうの世界の理由。あちらにないけど、こちらにあるものが、必要になって取りに来たというそれだけの理由。」
ミツキさんは落ち着いた顔をしている。話してることは正直よく分からないが、どうもこちらにはいれないらしいのだけはわかった。
「それはそんなに大事な事なの?なんで?僕達がどんな思いでいたか!」
僕は声を荒げてしまう。……仕方ない。
「マコトは今、楽しいの?向こうの世界ってそんなにいいの?……もしかして二人は付き合ってるとか?」
桜木さんが心配そうな声でマコトに問いかける。
「な、ナイナイ! そんな事は絶対ない。ただの友達だよ……むしろあんまり仲良くないかも。」
マコトは手を振って即答するが、桜木さんにジロっと見られると、縮こまったようだ。ミツキさんが助け舟を出す。
「この数年間でこちらに戻る方法はないか?戻ったらどうするか、彼とずっと話してきたわ。結論はさっき言った通りだけど、それまでにいろいろあったの。向こうの世界の事情や人達に対して感情移入もしているし、私達で出来るなら、なんとかしたいと思ってる。それにやはり同じ人間が二人いるのは問題だし。貴方達が今幸せならいいじゃない、と思ってきたわ。」
ミツキさんは、話を続ける。
「……私達ね、本当のことを言うとね。二人にお願いがあるの、さっき言った通り、四人でこっちに居続けるのはしたくない。だけど、貴方達二人のどちらかが、一緒に向こうに行ってくれないかな。……それで私達のどちらかがこちらに残る。」
「それはつまり、私が異世界に行くかわりに、貴女がこちらに戻る、もしくは小杉くんが異世界に行って、マコトがこちらに帰ってくるということ?」
桜木さんが、間髪いれずに問い直した。マコトが返事を返す。
「そういうことだよ、美月……」
「そう、私達はずっと向こうの世界にいながら考えていた。やっとそのチャンスがきたの。」
ミツキさんの返事も同じだった。彼らの希望は同じだ。彼らは彼らでいろいろあったのかもしれないが、同じ答えにたどり着いた。……当たり前だ。もう何年たったのか考えれば、いや、僕は彼らがどんな思いをしていたか考えずに、自分の事だけ考えていたんだ。僕はこんな辛いからなんて、自分勝手でちっぽけな考えだった。
「うーん、まずは異世界というところがどんなところか具体的に分からないとイメージ出来ないかな。一生の事をそんなに簡単に決められる訳ないでしょ?感情だけで動いて後悔するような事は誰も望まないわよね?」
桜木さんらしいはっきりした意見だ。確かにそうだ。普通の考えだ。普通の。……ただ僕はハルちゃんともう会えないのが心残りだったぐらいでマコトが代わりに大学行ってくれるなら、直ぐにでも異世界でも何でも行く、と言う勢いだった。
「話すと長いしあまり時間もないの。たぶん、あと半日くらいしかない。だから、それまでに決めて欲しいの。出来る限り質問には答えるし、決心がつかないなら、それもしょうがない……」
「じゃあ、最後に四人で食事をしようよ?向こう行ったら食べれないものとかさ?」
みんなキョトンとしていたが、僕はそうしたかった。今しか出来ない事をしたい。後悔したくないから。




