終章 1節 紅茶
桜木さんが帰った後、僕はシャワーを浴びて服を着替えて、やっと気持ちを少しだけ切り替えられた。
そんな僕を心配して、ハルちゃんはずっと家に居てくれた。
「突然びっくりだったね……」
「……ああ、久しぶりだったし、ちょっと気が動転しちゃったよ。」
僕は彼女に対して、あんなに動揺したのが自分でも驚いていた。たしかに突然現れた事や久しぶりな事もあった。それに以前付き合っていた人の前で、ハルちゃんと二人で対面した事もあるかもしれない。
「でも、何かあったんだよね。様子をみて挨拶だけして帰っちゃうなんて、……うーん、なんだろう、お別れみたいな?」
ハルちゃんなりに彼女の行動について考えてくれている。僕よりも客観的にみられるのかもしれない。
「お見合いでもするのかな……それともいきなり結婚とか。彼女の家って資産家だし、そういうのあるかも……」
「確かにそういうのあるかもね。ただ彼女は僕に未練とかそういうのは無いと思うんだよね。……彼女には……」
――あれ……何かが引っかかる…… さっきの会話に何か違和感があったような――
頭の中を整理しながらハルちゃんに紅茶を入れる。ハルちゃんは僕の紅茶が好きなようで、彼女がいるときはいつも出すようにしている。
「関係ないけどさ、マコちんは紅茶を入れるの上手よね。誰かに教えて貰ったの?」
「ああ、桜木さんにね。結構覚える事あるんだよね。手間もかかるし――」
――あっ!思い出した……僕が紅茶の入れ方を教わったのは、桜木さんじゃなくて、ミツキさんの方じゃないか!なのにさっきの会話では、彼女はこう言った。
(紅茶はまだまだだけど)と。
あれがミツキさんだったなら、僕が動転してしまったのも、彼女が会いに来たのも納得がいく。
――ただ、それはきっと僕の願望だ。彼女をみて、もう一人の彼女を思い出さずにいられないから。それに桜木さんにだって紅茶を入れた事はあった気がする……
「マコちん……、大丈夫?」
「…………」
「……どうかしたの?」
ハルちゃんは僕の事を心配している。彼女を不安にさせたくない。落ち着かないと。――ただそうは思っても、紅茶の件が頭から離れない……
「……いや、実はさっきの桜木さんが紅茶の入れ方はまだまだ、みたい事を言っていた気がするんだけど、彼女があんな事言うのがちょっと違和感があったんだ。だからなんでかな?って考えていたんだ……」
紅茶の先生が桜木さんなら、そういう発言は不思議ではない。だからハルちゃんからすると意味不明かもしれないが、余計な説明をする余裕が今の僕にはなかった。……もやもやして仕方がない。
「そういえば、私もさっき桜木さんと話していて、違和感というか、変なことがあったんだよ。……でも本当に大したことじゃない――っえ?」
僕はハルちゃんの両肩に掴み、話を急かせる。
「――それ、どんな事??頼む、教えてくれ!」
ハルちゃんはいったい何に気づいたんだろうか――




