1章 7節 変化の兆し シン
「桜木さんに会ったんだけど、……喋れなかったよ。」
僕は、しばらくぶりに話かけて来たマコトに最近あった出来事で唯一の話題を話した。他意何てなかった。事実だけを報告した。しかし、想定外にそれはマコトを苛立たせたのか、マコトの態度は厳しかった。
二人になった当初は自分同士だからか、上手くやっていた。対戦ゲームなんかはかなり熱い。同じ技量で思考。デットヒートが繰り広げられる。
僕は学校や部活をサボって、ゲームやアニメに没頭出来て楽しかったし、時折役割を代わりながら、上手くやっていた。
けれども、一週間くらいが過ぎた辺りから、マコトは学校に、つまり表側に専念したいと言い出した。部活や勉強は続けないと成果が出せないし、周りと話が噛み合わなくなるケースにリスクを感じるという。確かにそう考えるのは理解できる。僕もゲームに夢中だったため、この提案を喜んで受け入れた。この選択を後に本当の意味で死ぬほど後悔するのだが、この時はレベルアップのステ振り方針で頭がいっぱいだった。
「桜木さんに、……桜木美月さんに俺はアタックするから。だから彼女を見かけても、もう関わらないでくれ。」
マコトは、決定事項のように言う。反抗の余地何てないぞと言わんばかりだ。マコトはさらに続ける。
「俺は彼女とアドレス交換したし、金澤と付き合っていない事も確認した。今がチャンスな気がするんだ。お前の気持ちも分かるが、……頼む。」
頭を下げられた。
「あ、ああ。もちろんいいさ……」
思考が上手く纏まらない。ただ僕は彼女のことを諦めたばかりではないか。文句なんか言えるのか?
「ありがとう。ただ俺は正直、素直に喜べないんだ。お前に対してストレスが溜まっている。その回答すら腹がたつ。同族嫌悪という奴なのか……いや、単に納得がいかないんだ。何でそんなに簡単に彼女のことを諦められるんだ?」
マコトは真剣だ。
――おいおい、君は僕から全てを奪っていったのに、さらに好きな人に恋する権利まで奪ってその言い方かい?いくら温厚な僕でも怒るよ?
そんなことが一瞬頭をよぎるが、全然そんな風に思ってはいない。寧ろマコトの言う通りだ。
僕は何かとても小さくつまらないものになってしまったようだ。僕は偽者なのだろうという思いが、心の奥底にある。――自分の邪魔をするべきではない。
卑屈になる。――マコトはそこまで僕を追い詰めてはいない。思った事を言っているだけで、偽者だからとかそんな理由で怒っているのではない。
自分の気持ちぐらいわかる。
「すまない……ただ僕のことは気にしないで、桜木さんに告白しなよ。僕達はもう別の人間だ。」
何か決定的な事を言ってしまったと思う。
――ただ僕達はもう戻れない。分岐した人生を歩んでいるんだ。
「君にお願いがある。もう少し僕に時間をくれないか?どうもこっちの時間は進みが遅かったみたいだ。一人にさせてくれ。まだクリアしたいゲームもあるしね。」
僕はゲームの続きをする。マコトも何も言わずに勉強を始めた。
その日から、僕たちは話をしなくなった。僕はひたすらゲームを続けた。何もかもがどうでもいい。