8章 2節 遠野春香
現在――
僕は大学の講義が終わるとそそくさと帰るだけだが、ハルちゃんはサークルに所属していた。アニメ制作をするのがメインの活動らしく、忙しくなるとしばらく会えない時がある。普段はチャットアプリでメッセージを送れば光の速さで返信が来るが、こういう時は数時間かかっても来ない事が多い。それだけ集中できるものがあるのは羨ましいと思うが、自分でやるとなるとそうは思わない。我ながら本当につまらない人間になったものだ。
…………大学2年の春
北海道に来たばかりの頃は何もかもが新鮮で、楽しかった。分からない事だらけで大変だったが、あの時感じた解放感は今でも忘れられない。
ただそれは自分に対してだけだった。新しい友人や新しい恋人を作るという意欲はおきなかった。生活をリセットしたのにもったいない事だ。そうこうする間に1年が過ぎていた。周りの人間関係は出来上がったいて、僕は一人でいるのが普通になっていた。
そんな時に1年遅れで入学してきたハルちゃんに声をかけられた時は、久しぶりの友人との会話に、昔のように気さくに話す事は出来なかった。
「あれ、先輩久しぶり!……って元気無いですね?友達いない?じゃあ、友達になってあげましょう!」
感じ悪い言葉なのに、全く嫌な感じがしなかった。寧ろ懐かしさと安心感で、今まで自分がとても寂しかったのを自覚したぐらいだ。僕は曖昧な返事をしてその場を立ち去った。彼女の初々しいキラキラした雰囲気に当てられたのか、無意識に逃げ出してしまったのかもしれない。
…………大学2年 5月
彼女はアグレッシブならタイプだった。偏見を持つようなタイプでもない。だからいろいろなサークルの体験活動を並行して試した結果、最近興味を持っていたアニメ制作サークルに入ったらしく、忙しそうだった。陽気な人見知りしない性格もあり、既に人気ものになっているようで部外者からみてもチヤホヤされていた。
僕がハルちゃんの友達としてまた二人で、話すようになったのは、ゴールデンウィーク明けぐらいだったろうか、やっと見つけた!といいながら後ろから飛びかかって来て、僕のスマホを取り上げると個人情報をひとしきりに抜き出した後またいなくなってしまった。……確かに僕は高校卒業と同時に、電話番号もメールアドレス、チャットアプリも変更した。SNSもやってないから、連絡も取りようもないが、特別に話すこともない。特に高校時代の話は。
その日の夜、ハルちゃんからメッセージが届いていた。
(明日のお昼休み、一緒に行かない?話したいこといっぱいあるんだぁ)可愛いスタンプ1
(僕はあまりないかな)
(えー) へんなスタンプ1
(何で)へんなスタンプ2
(つめたい……)へんなスタンプ3
(じゃあ、行くか)
(YES)可愛いスタンプ2
僕は、久しぶりに友達に話すのに緊張していた。余りにも孤独だった日々に少し慣れ過ぎていたからだろう。たまには、友達と話すのも良い。一生このままというのも寂しいかもしれない。
それから、しばしば会ったりしているうちに、いつの間にか、うちに入り込むようになったのは、何がきっかけだったろうか。
……… 現在
「ただいま〜! 打ち上げしますよー。はい、そこ片付けてー」
――どっから突っ込んでいいかわからない…… やはり、家の鍵は直ぐに締める癖をつけよう。
とりあえず僕は敢えて無視する方向にした。読んでいた小説に目を戻した。ここで動じると相手のペースに巻き込まれる。気付かない振りをしよう……
「えー、お待たせしました。それではしばらくご歓談下さい。」
「…………」
「……はい、宴もたけなわですが、ムニャムニャ、ぐぅー……」
「………………」
溜息をついて、コタツで寝ているハルちゃんにブランケットをかけて、読書に戻ろうとすると、テーブルの上に、アニメの脚本?らしい冊子が置いてあった。「白い恋人」というタイトルだ。
(お土産の有名なあれか?)
僕はその本を手に取ってみた。




