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7章 5節 困惑

 「気のせいよね……」


 桜木さんは苦笑いをしながら話す。自分でも何言ってるんだろうという顔をしている。頭と心に不一致が起きて困惑しているんだろう。


 ――僕は彼女の気持ちが分かった気がする。居なくなってしまった恋人と元は同じ人間が目の前にいる。考え方を変えれば記憶と経験の違いだけだ。もし、事故で恋人が記憶喪失になってしまったら、嫌いになるのか?おそらくは違うだろう。また新しい想い出を積み重ねていこうとするだろう。


 「……分からない。ただゼロかイチかじゃないんだと思う。そう思ってしまう事も無理に否定する必要も無いし、そうしない方が本当の気持ちに近づくんじゃないかな。少なくとも変に意識すると間違えてしまうかもしれない。……あっ、ごめん。何か上から目線というか自意識過剰だよね。ごめん――」


 多分桜木さんは、前に進もうとしているんだ。前に進もうとすると自分の気持ちと向き合うことになる。その気持ちの解釈に困っているんだろう。僕には分からないが、きっと正解何かないし、結果論だ。決めつけて後悔して欲しくない。


 「えっ?ううんうん違うよ、そんな風に思ってないから大丈夫。……そうよね。何か答えを出さなければいけない訳じゃないし。素直になればいいのよね。」


 桜木さんの顔が苦笑いから微笑に変わった。


 「僕は、……僕は未だ彼女のことを諦められないし、彼女との想い出に女々しくても浸っていたいんだ。まだ、他のことを考えられないよ。だから、こんな風になるのかもしれない……」



 しばらく二人とも黙っていた。心地よいとは言えないが、不愉快な時間では無かった。僕らには未だ時間が必要なんだろう。


 「そういえば話変わるけど、あのゲームってどうだった?私はもちろん触ってないけど。もし良かったら、教えてくれないかしら?……気になってて。」


 桜木さんに聞かれて、僕は正直に答えた。


 「実を言うと未だ触ってないんだ。あれが最後だから。あれをやってしまったら、全て終わってしまう気がして……やっぱり我ながら女々しいな。」


 「えっ、そうなんだ…… でも何か手がかりとかがあるかもしれないし、ってそれは無いわね。あったら本人から言うはずよね。」


 「でも、今日君と話して考えが変わったよ。――前に進まないとね。ゲームやるからアパートまた少し借りるね。」


 「もちろん!いつでもいいから良かったら感想教えてね。あの子の代わりに聞いてあげる。」


 僕の肩に手を置きながら、彼女はとても優しい笑顔を向けた。とても素敵で魅力的だった。


――僕も困惑しているんだろうか……

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