5章 4説 マコトじゃない
男はこの仕事を始めてから、最も大きな違和感を感じていた。観覧車の担当を長くしていると、無意識に人の流れを把握している。一周15分の回転感覚が染み付いている。――だから、あのお客さんは一人じゃなかったはずだ。楽しそうなカップルが出てくるタイミングだったはずだ。――しかし、あまりにもギャップがあり過ぎて、自分の勘違いだとその男は、思考を目の前の客に戻していった。
………………
次の日、小杉真は学校を欠席していた。その次の日も、また次の日も。美月にはわかっていた。来るはずがない。万が一という期待は、億分の一に代わり、3日目には、完全にゼロになっていた。
「休んでいた小杉だけど、午後から来ると言う事だ。期末試験前に間に合ったようで良かった。皆んなもノートぐらい見せてやれよ。」
担任が朝のホームルームの最後に、忘れてたと言わんばかりに付け足した。
……どういうこと?……美月は気が気ではなかった。
「あれ、小杉じゃん、どうしたんだよ?さぼりか?」
クラスメイトに茶化されているのは確かに小杉真だ。駆け寄り群がっていた男子達を掻き分けて、美月は、彼の目の前に立つ。
「……やあ、桜木さん。久しぶり……にはは。」
苦笑いして挨拶してきた小杉真は、マコトじゃなかった。美月も予想はしていたが、もう一人の小杉真だった。美月も今日あたり、彼のところに話をしに行く事を考えていたからちょうど良かった。……もう一人の私への対応について頭が回らなくて、思考停止していた。今思えば無責任だったかもしれない。
「……放課後話があるの……また、後で。」
彼には聞きたい事と、話さなければいけない事が両方ある。
「ああ、僕もあるんだ。……君に話したい事が。」
小杉真が悲しそうな顔で美月を見て答えた時、始業を伝えるチャイムが鳴り響いた。




