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3章 4節 私しか知らない事

 「スー……スー……」

 彼女を連れて帰り、とりあえず布団を敷いて、寝かせてあげた。その後、急いで近くのドラックストアで解熱剤とミネラルウオーターにイオン飲料、インスタント雑炊に水まくらを買ってきた。とりあえず解熱剤を飲ませた後、今は眠っている。体温計を忘れた事を後悔したが、仕方ない。そんなに落ち着いて行動できる程余裕がなかった。


 ――もしかしたら、後で通報されてしまわないか?これって誘拐?――まさか痴漢かな……まぁでも状況を話せばわかってくれるよな……


 そんな事を考えていたら、部屋の隅でうずくまるように僕も寝てしまった。


 ――夢をみた。――桜木美月に頭を触られている夢を。


 …………

 …………


 ふと、目が覚めた。何時間ぐらい寝ていただろうか…… ――ハッ!桜木さんは?


 部屋の真ん中で寝ているはずの桜木さんは、そこにはいなかった。雑炊を食べたのか、空の容器がある。


 あまりにも静かだったので、一瞬見失っただけだ。彼女は部屋の隅で小さくうずくまっていた。


 「さ、桜木さん、――大丈夫?」

 僕は恐る恐る声をかけたが反応がない。畳の方を見ている目は虚ろながら開いている。


 「とりあえず、もし嫌ではなかったら、もう少し横になっていた方が良いと思うんだ……」

僕は思った事を口に出すが、反応がない。


 「桜木さん?――桜木美月さんだよね?」

その時、ピクリと肩が動いた気がした。


 「――わからない……、わからないの。私は桜木美月じゃないかもしれない。――わからない………」

小さく、とても小さな声で、彼女が話出す。


 「――家に帰ったら、自分がいたの。私が玄関で、ただいまーって、帰って来たの……」

だんだん声が大きく、早口になってきた。


 「誰かと思いながら、ふと思ったの?――自分は誰かって。そして自分は確かに自分だった。でも彼女は、私になりすました子は、私の鞄を持っていたの!」

そこで初めて彼女は僕を見た。焦りと怒りと悲しみが混ざった複雑な顔で。


 「私は、冗談でしょ?とばかり家に入っていったわ……リビングの前で皆がいつもどおりに話しているの……その時あの子は、言ったの……私しか絶対知らない事を。」

彼女はまた、俯いてしまった。


 「私は思わず逃げ出して、しまったの。……何言ってるかわからないよね……」

酷く落胆して、溜息をつく。その後はまた黙ってしまった。


 ――何を言ってるんだ?訳がわからない、と普通なら言うかもしれない。だが僕には、心当たりがありすぎて、彼女とは反対に気持ちが高まってしまう。何の偶然だかわからないが、僕なら、僕だけが今目の前で途方にくれている彼女を理解できる。そして助けてあげられる。


 「僕には解るよ……、――僕も同じ事が自分に起きたんだ。だから、安心して……そう、落ち着いて話をして?」


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